武力紛争下における環境破壊の被害と責任追及
2026.7.24
環境破壊と戦争犯罪
近年、エコサイド(ecocide)という概念が注目を浴びている1 。エコサイドとは、「住まい」や「自然」を意味するeco-を 「殺害」や「破壊」を意味する-cideと組み合わせ、ジェノサイド(集団殺害)になぞらえてつくられた概念である。ベトナム戦争における米国の環境破壊に警鐘を鳴らす目的で科学者たちが使い始めたとされる 2 。その後、戦争手段として使用された枯葉剤が、人間の健康だけでなく生態系にも長期的影響を及ぼすことが明らかになり、国際人道法上の環境保護規定が、1977年の「1949年ジュネーヴ諸条約の第一追加議定書」に導入された。同議定書は、自然環境に「広範、長期的かつ深刻な損害」を与えることを目的とする、またはそのような損害を与えることが予測される戦闘の方法・手段を禁止するとともに、復仇としての自然環境を攻撃することも禁じている。もっとも、これらは処罰義務を伴う「重大な違反(grave breaches)」として定められたものではない。同議定書では「エコサイド」という言葉も使われていない。
戦時下の環境破壊をめぐる国際的な責任追及が大きく進展する契機となったのは、1990-91年の湾岸戦争である。戦闘中に大量の原油がペルシャ湾に放出されたほか、イラク軍がクウェートから撤退する際に放火した油田は約7か月間燃え続けた。この歴史上最大級の環境災害を受けて、意図的な環境破壊行為の違法性が改めて認識され、1991年には国連賠償委員会が設置された3 。その後も、NATOによるユーゴスラビア空爆による劣化ウラン弾使用など、戦時下の環境破壊が国際的な問題となった。
環境破壊を国際犯罪の構成要件と明示したのは、1998年に採択された「国際刑事裁判所(ICC)に関するローマ規程」である。同規程第8条2項(b)(ⅳ)は、武力紛争において、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益全体と比較して、民間人や民用物に対する付随的損害、または自然環境に対する「広範,長期的かつ深刻な被害」が明らかに過度となることを認識しながら、故意に攻撃することを戦争犯罪と規定した。しかし、この規定を実際に適用することは容易ではない。「広範」、「長期的」、「深刻」という3つの要件に加え、環境損害が予期される軍事的利益と比較して「明らかに過度」であり、「故意」であることを立証しなければならないためである。これまでICCにおいて、環境破壊それ自体を中心とする戦争犯罪について、起訴や訴追が成功した例はない。
戦時・平時の環境破壊罪としてのエコサイド
一方、武力紛争下にない平時における環境破壊については、先住民の生活基盤や文化的存立を破壊する行為にジェノサイド条約を適用できるかどうかなどが議論されてきた。しかし、2000年代以降、環境破壊それ自体を独立した国際犯罪とすることを求める動きが加速した。この背景には、気候変動が人類全体の懸念事項として広く認識されるようになったことがある。2000年には、人間の活動が地球環境に重大な影響を及ぼすようになったことを表現するために、「人新世(Anthropocene)」という概念が提唱され、2009年には、人類の生存を支える環境には限界があるとして「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という枠組みが示されるようになった。こうした流れの中で、エコサイドの国際犯罪化を求める運動は、武力紛争時の環境破壊だけでなく、過度な資源採取や大規模開発、企業による深刻な環境破壊を抑制するための取組みとして再構成されていった。
平時を含むエコサイドの法制化運動を主導してきた組織の一つが、ストップ・エコサイド・インターナショナル(SEI)である4 。2021年、SEIが招集した独立専門家パネルは、エコサイドを「環境に深刻かつ広範囲な、または長期にわたる損害が生じる相当の可能性があることを知りながら行われる、違法または無謀な行為」と定義した5 。これはローマ規程上の環境破壊による戦争犯罪とは異なり、「広範」と「長期的」の双方を必須要件とせず、武力紛争以外の状況にも適用できることを想定している。SEIや環境活動家は、エコサイドをICCが扱う第5の独立した国際犯罪としてローマ規程に追加することを求めている6 。エコサイドが平時にも適用可能な犯罪となれば、深刻な環境破壊をもたらす意思決定に関与した企業経営者など、自然人の刑事責任が問われる可能性が生じる。
ウクライナ戦争がもたらした環境被害
2022年2月に始まったロシアによる全面侵攻は、ウクライナの自然環境に広範かつ深刻な被害をもたらしている。ウクライナ環境保護・天然資源省は、将来の責任追及や賠償請求に備え、ロシアによる軍事侵攻による環境被害を記録している。また、一般市民に対しても、環境破壊に関する情報提供を呼びかけている7。ウクライナ政府の公式環境脅威プラットフォーム「EcoZagroza」は、森林や自然保護区の破壊、水環境への被害、大気汚染、有害廃棄物・重金属による土壌汚染などを日々記録している 8。同サイトによると、2026年7月時点の推計環境損害額は6兆7,630億フリヴニャに達している9 。これは日本円で約24兆5,500億円(約1,511億USドル)に相当する。
なかでも、2023年6月のカホフカ水力発電所のダム破壊は極めて甚大な被害をもたらした。ダムの決壊による洪水によって多数の集落が水没し、多くの死傷者を出したほか、数万人が避難を余儀なくされた。ゼレンスキー大統領は、ロシアによる意図的な破壊行為であるとして「環境の大量破壊爆弾」と非難している10 。

出典:https://war.ukraine.ua/imagebank-category/infrustrucure-destruction/
戦争と温室効果ガス
戦争による環境破壊のうち、とりわけ被害を可視化しづらいのが温室効果ガスの排出である。戦闘機や戦車の燃料消費、爆弾の製造や輸送、使用、戦闘による火災やインフラ破壊に加え、戦後の復旧・復興活動にも大量の温室効果ガスが排出される。ロシアによる全面侵攻後の4年間に生じた温室効果ガスの排出量は、CO₂換算で約3億1,100万トンに達したという11 。これはフランスの年間排出量に匹敵し、ドイツの年間排出量の約半分に相当する。この間に生じた気候変動に与えた経済的損害は570億ドルを超えると推定されている。
こうした戦争に伴う温室効果ガス排出量のデータ収集・公開は極めて異例だという12 。そもそも平時においても、軍事部門の温室効果ガスの排出量については国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のもとで十分な報告が行われてきたとは言い難い。安全保障上の理由から軍事部門全体の排出量データを公表している国はほとんどない。軍事部門は世界全体の温室効果ガス排出量の3.3~7.0%を占めているとの推定もあり、仮に世界の軍事活動全体を一つの国家とみなせば、世界第4位の排出主体となる13 。
2025年に発生した戦争の数は、1946年の統計開始以降で最多を記録した14 。国際安全保障環境の悪化に伴い、各国が軍事力の増強を進めれば、兵器の生産、軍事施設の建設、訓練や部隊運用などを通じて、温室効果ガスの排出がさらに増加する可能性がある。軍事活動と気候変動の関係は、戦闘中の排出だけでなく、平時の軍備拡張を含めて考える必要がある。

出典:https://war.ukraine.ua/imagebank-category/infrustrucure-destruction/
戦時下における環境破壊の責任追及の難しさ
では、ウクライナ戦争で生じた環境破壊の責任はどのように追及されるだろうか。
ウクライナはエコサイドを国内法上の犯罪として規定しており、カホフカ・ダム決壊などを含む複数の事件の捜査を進めている。ただし、被疑者がロシア国内にいる場合は、実際に身柄を拘束して裁判にかけることは極めて難しい。ICCによる責任追及にも困難が伴う。カホフカ・ダム決壊において、「広範」、「長期的」、「深刻」の要件がクリアできたとしても、攻撃による環境被害が予期される軍事的利益と比較して「明らかに過度」であったこと、さらに意思決定者がそのことを認識していたことを立証しなければならない。また、個人の刑事責任を問うためには、誰が攻撃を命令し、誰がどのような情報を把握していたのかという指揮命令系統を明らかにする必要がある。加えて、武力紛争下では「軍事的必要性」が主張され得る。たとえば、エネルギー関連施設への攻撃によって大量の有害物質が放出され環境被害が生じたとしても、それだけでは直ちに国際人道法上の犯罪が成立するわけではない。攻撃目標が軍事目標に該当するか、予想される付随的損害が軍事的利益と比較して過度ではないかなどが判断される。戦時における環境破壊は、やむを得ない戦争に付随する損害とされ、軍事的必要性によって正当化される。
平時・戦時における環境破壊は、ウクライナのように、エコサイドとして一部の国で刑罰化の取組みがみられる。一方、ICC締約国会議でエコサイドについて議論がなされているものの、ローマ規程の改正への道のりはかなり遠く、様々な困難を乗り越える必要がある15。したがって、現時点ではエコサイドとしても環境戦争犯罪としても、ウクライナ戦争における環境破壊の責任追及は容易ではない。ただ、たとえ象徴的なものであったとしても、将来の環境破壊行為の抑止という点で一定の効果はあるかもしれない。
他方で、ロシアは賠償という方法で責任を取らされる可能性がある。ウクライナはロシアによる全面侵攻で生じた損害について国家賠償を求める方針を示している。欧州評議会は2023年、「ウクライナ損害登録簿」を設置し、個人や企業、国・地方自治体が被った戦争損害の記録と証拠化を進めている。さらに2025年には、ロシアによる国際法違反に起因する損害を審査する「国際請求委員会」を立ち上げる条約が採択された16 。この仕組みでは、環境破壊に伴う損害も賠償請求の対象に含まれる。ただし、これはロシアの国際法違反に基づく国家責任と損害賠償を扱う制度であり、環境破壊そのものを独立した国際犯罪として損害賠償を求めるものではない。
安全保障と環境保全の二項対立を超えて 戦争と気候危機の接点
ウクライナでは、4年以上にわたる継続的な戦闘により、森林、生態系、水資源、農地、工業地帯まで影響が及び、「毒性の遺産(toxic legacy)」が何十年も残ると国連は警告している17 。しかし、戦争による環境への影響は戦場となった国の領域にとどまらない。軍事活動によって排出される温室効果ガスは国境を越えて気候変動を加速させ、やがて世界各地の人々の生活や生命を脅かす。
世界各地で異常気象が報告されている。この夏私たちが経験している猛暑の原因を、個々の戦争や軍事活動だけに直接結びつけることはできない。それでも、戦争と軍備拡張が大量の資源やエネルギーを消費し、温室効果ガスの排出を増やしている以上、両者を無関係とみなすこともできない。戦争を止めること、そして戦争に反対することは、戦争に翻弄される人々の生命と尊厳を守るだけではない。それは、私たちが暮らす地球環境を守り、現在と将来の世代の生命を守ることにもつながっている。

出典:https://www.pexels.com/photo/people-protesting-against-war-11421403/
- 日本経済新聞「戦争は甚大な環境破壊『復興に長い時間』国連幹部と研究者が警鐘」2026年6月28日。
- Rachel Killean, "Ecocide's evolving relationship with war,"Environment and Security(2025): 27538796251347111.
- クウェート侵攻からおよそ30年後 の2021年12月、イラクは賠償金の支払いを完了した。
- Stop Ecocide International はエコサイドの国際犯罪化を推し進めるグローバルな運動の中心的組織である。
- https://www.stopecocide.earth/legal-definition
- ICCが取り扱う国際犯罪(コアクライム)は、ジェノサイド(集団殺害)罪、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪の4つである。
- EURACTIV,"Ukraine under fire: tracing the environmental scars of Russia's war," Feb.24, 2026.
- EcoZagrozaは、ロシアの侵攻に伴う環境被害を記録するためにウクライナ環境保護・天然資源省が運営する公式システムであり、環境事故の記録、モニタリングデータ、地理情報、および政府による損害額推計を統合して提供している。
- ただし、これはウクライナ政府の承認した算定方法に基づく推計値であり、今後の国際的な賠償手続において、その全額がそのまま認定されるとは限らない。
- Reuters、「ゼレンスキー氏、ダム破壊は『環境の大量破壊爆弾』と非難」2023年6月7日
- Initiative on GHG Accounting of War, Climate Damage Caused by Russia's War in Ukraine 24 February 2022 - 23 February 2026, , February 2026.
- 木村ひとみ「ウクライナでのエコサイド(環境犯罪)をめぐるEU 法の挑戦―国際刑事法への貢献とグリーン復興協力への示唆」『日本EU学会年報』第44号(2024年)、p.134。
- Scientist for Global Responsibility, Military greenhouse gas emissions reporting: How reliable is it? , November 2025.
- Uppsala Conflict Data Program, "Record Number of Conflicts between States ," June 9, 2026.
- Killean(2025)を参照のこと。
- Council of Europe, Unprecedented support for new convention launching an International Claims Commission , December 16, 2025.
- UNEP,The Environmental Impact of the Conflict in Ukraine, October 2022.

クロス 京子 教授
平和構築、紛争解決学、人間の安全保障、移行期正義

