ガザにおける戦争犯罪の責任追及

2025.11.05

国際刑事裁判所(ICC)の概要

ICCは1998年に採択された「ローマ条約」に基づき、2002年に設立された。所在地はオランダのハーグであり、裁判部・検察局・書記局から成る。2025年9月時点で締約国は125カ国である。ICCが扱う犯罪は、ジェノサイド罪(集団殺害罪)、戦争犯罪、人道に対する罪、侵略罪1という国際法上の犯罪で、これらは中核犯罪と呼ばれる。ICCはこれら国際法上の重大な罪を犯した個人を裁く常設の裁判所である。

ICCは条約締約国によって設立された点で、安保理決議に基づくICTY(旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所)やICTR(ルワンダ国際刑事裁判所)とは異なる。締約国でない国に対しては原則として管轄権を行使できないが2、安保理の付託(要請)や非締約国の同意があれば例外となる。ICCが捜査を開始するには、締約国からの付託、検察官の職権による捜査、または安保理の付託のいずれかが必要である。ICCは補完性の原則を持ち、当事国が真に捜査・訴追する意思または能力がない場合に限り、管轄権を行使する。

ICCの活動

ICCはこれまでに10事態33事件の裁判を終えたが、70名の被疑者のうち11名に有罪判決を下している。そのうち6名は中核犯罪で有罪となった3。初の有罪判決は、コンゴ民主共和国(DRC)の武装勢力指導者トマス・ルバンガに対するもので、子ども兵の徴募・使用により禁錮14年が言い渡された。同じくDRCの武装勢力指導者のボスコ・ンタガンダも戦争犯罪・人道に対する罪でICC史上最長の禁錮30年の判決を受けている。

かつては「アフリカ刑事裁判所」と揶揄されたように、ICCが捜査・起訴した事態のすべてはアフリカ大陸に集中していた。アフリカ諸国が積極的にICCに協力し、反政府勢力の指導者らをICCに引き渡したためである。しかし、現職の国家元首への訴追により関係が悪化した。ICCは、2009年にスーダンのバシール大統領(当時)に逮捕状を出し、2011年にはリビアのカダフィー大佐を訴追した。2012年にはケニアの現職の大統領や副大統領を訴追した。現職の国家指導者層の訴追に対して、アフリカ諸国は激しく反発し、アフリカ連合(AU)はICCへの非協力決議を採択している4

ICCの捜査対象は今やアフリカだけでなく、アジアや中南米、中東、ヨーロッパ(ウクライナ)にも及んでいる。また、その対象は必しも紛争下の犯罪に限らない。2018年には紛争下にない人道に対する罪として、フィリピンのドゥテルテ政権下の「麻薬戦争」の捜査が開始された。フィリピンはICCから離脱したが、締約期間中の犯罪についてはICCの管轄が及び、2025年にドゥテルテ前大統領が逮捕された。2024年にはミャンマーの事実上の国家元首であるミン・アウン・フライン司令官、2025年にはアフガニスタンのタリバン最高指導者に逮捕状が発行されている。

二重基準と制度的課題

ICCには制度的な課題が存在する。アメリカ、ロシア、中国は締約国ではないが、安保理常任理事国としてICCに事態を付託できる。スーダンのバシールやリビアのカダフィーの訴追は安保理による付託であった。自国は訴追されない一方で、他国をICCに訴えることが可能なのである。

また、ウクライナ情勢に関するプーチン大統領の逮捕状を歓迎する西側諸国が、ガザ地区での戦闘に関連したネタニヤフ首相への逮捕状には反発したことも、二重基準と批判されている。フランスやポーランド、ハンガリーなどはネタニヤフ逮捕に関するICCへの協力を拒否し、ハンガリーはICC離脱を表明した5

アメリカはICCに対して単なる非協力や批判にとどまらず敵対的な姿勢を強めており、検察官や判事に制裁を科している。ICC設立時からアメリカは米国籍保持者をICCから保護することに躍起になってきた6。世界各地に軍を派遣し、戦闘に関与してきたアメリカは自国の軍人や政府関係者がICCに訴追される可能性が高いためである。2020年、ICCによるアフガニスタンでのアメリカの戦争犯罪容疑の捜査が開始されると、トランプ政権はICCの主任検察官ら2人に対する制裁を発動した7。米軍の人員に対するICCの捜査を阻もうとするあからさまな力の行使である。ICCはアメリカの圧力に屈し、アメリカ人に対する捜査を事実上断念した8。タリバン暫定政権が、ICCによるタリバン最高指導者の訴追に対し「法的根拠を欠き、二重基準で政治的動機に基づくもの」などと反発した。二重基準とはまさにこのことを指す。

国際正義は誰のためにあるのか

安保理決議で設立されたICTYやICTRと違い、ICCに対しては締約国にのみ協力義務がある。ICCには警察権がなく、被疑者の逮捕には締約国の協力が不可欠であるが、現実政治では締約国が協力義務を果たすとは限らない。むろん、革命や政権崩壊がない限り、当該国家が国家元首の身柄を差し出すことは考えられない。現職の国家元首の逮捕は現実的ではなく、逮捕状は象徴的な意味合いが強い。

しかし、国家指導者であっても中核犯罪に対しては免責されないという原則を、ICCは示してきた。ICCは、声を上げられない被害者の正義に応えるために設立された中立・独立の裁判所であり、国家や反政府勢力による犯罪の被害者に寄り添う存在である。

スペインはICCと連携し、ガザにおける重大な人権侵害の捜査を表明した9。これは、ICCがアメリカの報復措置に屈しないよう支持を明確にした動きといえる。日本はICCへの資金拠出が最大であるにもかかわらず10、アメリカの制裁に反対する声明には参加していない11。ICCが法の支配を貫けるかどうか、今まさに正念場を迎えている。志を同じくする国々が連携し、ICC支持の輪を広げられるかどうかが、今後の国際正義の行方を左右するだろう。


  1. 侵略罪については2018年7月に管轄権が発動された。これは、国連憲章に明白に違反する侵略行為を計画・準備・実行した国家指導者に対して適用される。管轄権の行使には厳格な条件があり、安保理の付託や、被害国・加害国双方がICC加盟国であることが求められる。
  2. 犯罪が行われた国、あるいは被疑者の国籍国がローマ条約の締約国でない事態に対し、ICCは管轄権を行使できない。事態とは、ICCが管轄権を行使する対象となる、特定の場所や状況における大規模な犯罪行為全体のことを指す。
  3. International Criminal Court,
    https://www.icc-cpi.int/defendants?f%5B0%5D=accused_states%3A358&f%5B1%5D=initial_order_facet%3A672
  4. 藤井広重「司法および人権アフリカ裁判所設置議論の変容――国際刑事裁判所との関係性からの考察」『アフリカレポート』57巻、2019年、pp.61-72。
  5. BBC「ハンガリー、国際刑事裁判所からの離脱表明-イスラエル首相の訪問中に」2025年4月4日。
  6. アメリカは、米軍が展開している国と二国間免責協定を結んだほか、「米国軍人保護法」を成立させている。
  7. CNN「米政府、ICC検察官らの制裁発表-米軍に対する捜査の阻止狙い」2020年9月3日。
  8. Aljazeera, "ICC prosecutor defends dropping US from Afghan war crime probe," Dec. 6, 2021.
  9. ABNA, "Spain launches investigation into Gaza war crimes in support of ICC," Sep.20, 2025.
  10. 2023年度の最大の拠出国は日本で、その後ドイツ、英国と続く。Financial statements of the International Criminal Court for the year ended 31 December 2023, ICC-ASP/23/12, 29 July 2024.
  11. 日本経済新聞「『ICCを支持』加盟79カ国が声明-米大統領の制裁に反発」2025年2月8日。

クロス 京子 教授
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平和構築、紛争解決学、人間の安全保障、移行期正義