軍事的緊張を高めるロシアとNATO

2025.09.26

ロシアによる軍事的挑発!?

2025年の秋以降、ロシアとNATOの軍事的緊張が一段と高まっているように見受けられる。ロシアがウクライナへの侵略にとどまらず、NATO諸国へも軍事的な挑発行動をとるようになってきたのである。
ポーランド政府によれば、9月10日にロシアの無人機(ドローン)19機がポーランドの領空に侵入し、内3機を撃墜したとのことである(『讀賣新聞』2025年9月11日)。なお、NATO領域内でロシアのドローンが撃墜されるのは、2022年のウクライナ戦争開始以来、初のことだ。
また、9月13日にはロシアのドローンがルーマニアの領空を侵犯したと同国国防省が公表した(『讀賣新聞』2025年9月15日)。さらに9月19日には、エストニア外務省がロシアのミグ31戦闘機3機によるエストニア領空侵犯を確認したと発表した(『日経新聞』2025年9月20日夕刊)。これらの報道が事実だとすれば、ロシアはなぜ立て続けにこのような軍事的挑発行為を行ったのだろうか?

ロシアの言い分とNATOの反応

まずはポーランドに対する領空侵犯について述べてみたい。
ロシア国防省は「ポーランド領内の攻撃目標は計画されていなかった。だが、この件に関してはポーランド国防省と協議を行う用意がある」と発表した。また、ロシア軍が9月10日に長距離兵器とドローンを用いてウクライナの軍事産業施設への大規模攻撃を行ったことは認めつつも、「その最大飛行距離は700キロメートルを超えない」として、ポーランドの領空侵犯はしていないともとれる言い方をしている(ロシア紙『ノーヴァヤ・ガゼータ』2025年9月10日電子版、ロシア・ウェブサイト「スプートニク」2025年9月10日)。
この問題に関して、9月12日に国連安保理事会緊急会合が開かれたが、ロシアのネベンジャ国連大使は国防省の発表を繰り返した(『讀賣新聞』2025年9月14日)。しかし、ロシア側は領空侵犯が事実に反すると明確に否定したわけでなく、むしろその主張の重心は、ポーランドへの攻撃が目的ではないということだと受け取れる。だからこそ「ポーランド国防省と協議を行う用意がある」という発言が出てきたのであろう。さらに、ポーランドとNATO側の断定や、破壊されたドローンの写真などを見ても、ロシアによる領空侵犯の事実は揺るがないと考えられる。

ロシアの意図

とすれば、やはり問題はなぜロシアがこうした軍事的な挑発行為をとったのかということになる。この件では各種メディアや識者が様々な推測を述べているが、大きく分ければ2つになろうかと思われる。
1つめはNATOへの警告ないしは恫喝である。これ以上ウクライナへの軍事的加勢を続ければ(特に地上軍をウクライナへ派遣するようなことになれば)NATO領域を戦場にすることもいとわない。それを望まぬならウクライナの問題から手を引けとの意思表示である。2つめはNATOの防空体制がどのようになっているか探りを入れたということではなかろうか。その観点からすれば、ルーマニアやエストニアへの領空侵犯も同様の目的をもっていたと考えられる。

NATOの対抗策

ロシア側の意図が如上のとおりだとして、果たしてロシアはその目的を達することができたのだろうか。その判断は意外に難しいところだ。
まず、ロシアによるNATOへの警告ないしは恫喝という点についていえば、少なくとも表面的には、NATOはロシアに対抗すべく一段と結束を強めることになった。すなわち9月11日、ウクライナ、ポーランド、リトアニアの外務省は、防空体制の確立のために協力していくとの共同声明を出した。同日、フランスとドイツも、戦闘機配備を強化し、ポーランドの領空防衛のため助力することを発表した(『日経新聞』2025年9月13日)。さらにNATOのルッテ事務総長も翌12日、ブリュッセルのNATO本部で記者会見を行い、ロシアに近い欧州東部の防衛を強化する新たな枠組みを創設する旨を明らかにしたのである(『朝日新聞』2025年9月14日)。
こうしたNATO側の素早い対抗策をみるかぎり、ロシアはNATOの動きをけん制するつもりで領空侵犯を行ったのに、それが藪蛇になったとも言えよう。しかし、米国の反応をみると、必ずしもそう結論づけることはできないのである。

NATOの足並みの乱れ

米国のトランプ大統領は9月12日、ロシアのドローンによる領空侵犯は故意ではなく、ロシアのミスだったかもしれないとロシア寄りの見解を述べ、ポーランドの首相から異例の反論を受けた。またトランプ大統領は13日、SNSに「すべてのNATO加盟国がロシアから原油輸入をやめたとき、ロシアに大規模な制裁を科す用意がある」と投稿したのである(『日経新聞』2025年9月14日)。
実はNATO加盟国であるハンガリーとスロバキアは、ロシア産原油の主要な輸入国で、ロシアからの輸入に頼らなければ経済が立ちゆかない。トランプ大統領の発言は、そのことを承知の上でなされたものであろう。つまり責任をNATO側に押しつける形で、米国はあくまでもロシアとの決定的な対立を避けようとしていることが明らかなのである。
また、先述したハンガリーとスロバキアはNATOの中でもロシアに対し宥和的な国だといえる。そして他の国々においても、ロシアとの対話路線を唱える右派政党が台頭している現実に鑑みて、NATOは決して一枚岩ではない。
NATOの根幹となっている北大西洋条約は、第5条で「集団的自衛権」を規定している。たとえばポーランドがロシアから攻撃を受けた場合、他のNATO加盟国が一致団結してポーランドの軍事支援を行いロシアと戦うことが義務づけられている。しかし「集団的自衛権」の行使は、NATOの全会一致が原則である。1国でも反対すれば、成立しない。仮にポーランドがロシアに攻撃されても、NATOの集団的自衛権が発動される可能性は小さいと見なくてはなるまい。

ドローン戦がもたらすもの

次に、ロシア側の第2の目的と思われる防空体制の偵察についても述べておきたい。
おそらくロシアは初期の目的を達したものと推定する。ロシアのドローンは易々とポーランド領の200~300キロまで侵入できた由である。その一部は撃墜されたものの、残りの機体は再び領域外へ出ていったのである。NATO(あるいは少なくともポーランド)の防空体制は、盤石とは程遠いことが露呈してしまった。
ロシアの行為は明らかな領空侵犯であり国際法違反だが、今回の事案をNATOはロシアによる「攻撃」とは判断しなかった(9月10日ロイター通信)。ロシアはこのへんをNATOの及び腰と感じたのではあるまいか。
今後NATOは域内の防空体制強化に乗り出すことになったが、おそらくロシアからすれば、ここにもNATO側の弱点が見て取れるであろう。
ロシアが用いたドローン(の一部)は安価に製造できる「ゲルベラ」と呼ばれる機種で、コストは1機1万ドル程度といわれる。それに対しポーランド側は米国製戦闘機F16を投入し、ドローンを撃ち落とすのに使われた空対空ミサイルは1発40万ドルになるという。ポーランドはロシアのドローンを落とすためにその40倍の費用をかけた計算になる(以上、『日経新聞』2025年9月18日、田中孝幸編集委員の記事による)。こうした迎撃態勢を続けていれば、ロシアよりNATO側のほうがはるかに疲弊の度合いは大きくなると言わざるを得ない。
ウクライナ戦争はドローン戦という新しい戦闘方法を定着させた。ロシアもウクライナもドローンの開発・製造に力を入れている。NATOも早晩、ウクライナと共同してドローン製造に本腰を入れていくことになるだろう。
とすると、ここでまた新たな問題が生じる。ドローンの飛翔が日常化し、ロシアとNATOが互いにドローンを用いて越境行為を常態化させれば、それは従来のような「戦争」の重みを持たなくなる。これを「戦争」とは呼ばないまま、ドローン同士の撃ち合いが行われるならば、世界はそれと気づかぬうちに、実質上の「第三次世界大戦」に突入しているといった事態にならないか。こうして戦争の敷居が低くなることを危ぶんでいる。

河原地 英武 教授
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ロシア政治、安全保障問題、国際関係論