2026.06.01

アトラス彗星の観測でわかる太陽系外の歴史 ―宇宙の放浪者が語るもの―

アトラス彗星

image credit: SpaceEngine – cosmographic software by Vladimir Romanyuk

2025年、人類にとって3例目の「恒星間天体」が太陽系に飛来した。3I/ATLASと名付けられたこの天体(通称「アトラス彗星」)の接近は、太陽系外で形成された物質を直接調べることができる、極めて貴重な機会として注目を集めた。

太陽系内を公転する多くの彗星は水(H₂O)が主要成分である。これに対し、系外天体であるアトラス彗星は、二酸化炭素(CO₂)に富む特異な組成を持つと観測され、系内彗星とは大きく異なる性質を示す――少なくとも発見当初はそう解釈された。

しかし、新中善晴さん(京都産業大学 研究機構 専任専門員)を中心とする研究チームが、すばる望遠鏡を用いて近日点(太陽最接近時)通過後のアトラス彗星を詳細に観測したところ、推定されるH₂Oに対するCO₂の比は、近日点通過前と比べて大きく低下していることがわかった。このことは、彗星核の表層に存在していたCO₂に富む層が失われ、内部からよりH₂Oに富む物質が新たに放出された可能性があることを示している。つまり、アトラス彗星は、表層と内部で化学組成が異なるのである。

では、なぜ天体の外と内とで組成が異なるのか。新中さんは「銀河宇宙線に長期間さらされた結果、表面がCO₂に富む物質に変換されたのではないか」と推測する。

アトラス彗星は、恒星系外で形成された小天体の進化過程を理解するうえで大きな手掛かりを与えてくれる。

新中善晴さん(京都産業大学 研究機構 専任専門員)

新中善晴さん
(京都産業大学 研究機構 専任専門員)

3天体比較

■ オウムアムア――初めて人類の前に現れた「太陽系外からの来訪者」

2017年、天文学界を大きく揺るがす事件があった。1I/‘Oumuamua(オウムアムア)[1]の飛来である。それまで理論上の存在に過ぎなかった太陽系の外からやって来た恒星間天体――星と星の間を漂う小天体――が、現実の存在として人類の前に姿を現した瞬間だった。 

オウムアムアは太陽系彗星では見られない細長い形状に加えて、不可解な運動も示したために、宇宙船説まで乱れ飛ぶ騒ぎに発展した。それはそれで愉しい騒動ではあったが、「恒星間天体とは何か」という科学的な問いに対して明確な答えを与えてくれるものではなかった。彗星に特徴的な尾やガス放出が確認されず、観測上は小惑星状であったためである。

その後、2019年に発見された2I/Borisov(ボリソフ彗星)は、一転して典型的な彗星活動を示し、「氷を含む天体も存在する」ことがわかった。

こうして恒星間天体の研究は、徐々に具体性を帯びていった。

そして2025年7月、3例目となる恒星間天体「アトラス彗星」が発見される。この天体は、恒星間天体研究を次の段階へ押し上げる存在となった。

離心率 e   約 6.14
傾斜角   約 175°(逆行)
近日点距離   約 1.36 AU
近日点通過   2025年10月29日〜30日ごろ  
地球最接近日   2025年12月19日ごろ
速度(近日点)   約 68 km/s
サイズ   約 0.5 km(不確実)
最大等級   9等級

アトラス彗星の基礎データ

3I_軌道

3I/ATLASの軌道

■ 太陽系年齢よりはるかに古い

アトラス彗星は、南米チリにある、地球に接近する小惑星や彗星を自動で探す観測システム「ATLAS」によって発見された(アトラスの名はこの望遠鏡の名称に由来)。

軌道解析の結果、離心率はe ≈ 6(1より大であれば双曲線軌道、すなわち「太陽を公転していない」ことを意味する)、傾斜角は約175°(太陽系惑星の公転面から5°傾斜、ただし公転方向とは逆方向から進入)であることがわかり、太陽の重力に束縛されない、「太陽系外から来た天体」であると判断された。

さらに、観測からこの天体は約70億年前に形成されたものと推定された。太陽系の誕生が約46億年前だから、アトラス彗星は太陽系誕生よりはるか昔に、別の恒星系で生まれたことになる。そして、何らかの拍子に母星系を飛び出し、数十億年もの時間をかけて銀河を漂い、偶然太陽系に飛び込んできた——まさに「宇宙の放浪者」である。

では、アトラス彗星がどの恒星系からやってきたのか?軌道からおおよその飛来方向は求められるが、長い年月の間に重力の影響や恒星の運動によって軌道は変化しており、出身地を特定することは非常に難しい。

しかし今、重要なのは出身地ではない。

■ 見えているものは「本来の姿」か?

太陽系の外から飛来した恒星間彗星は、その内部に、母星系での形成環境や進化の履歴を封じ込めている。アトラス彗星は、その化学組成の特異さから、発見当初より注目を集めてきた。

彗星のガスや尾は、太陽への接近による加熱によって揮発性成分が昇華することで生じる。これを分光分析すれば、その成分がわかる。実際、この分光分析の手法によって、太陽系内を公転する多くの彗星はH₂O(水)が主要成分であることが裏付けられている。

アトラス彗星は、近日点接近前の観測では、H₂Oが十分に放出できる距離においても、CO₂(二酸化炭素)に非常に富む状態にあると報告された。これは、主成分がH₂Oである典型的な太陽系彗星とは異なる。したがって、アトラス彗星は太陽系とはまったく別の化学条件のもとで形成されたことを示している――少なくとも発見当初はそう思われた。

ところが、アトラス彗星が太陽へ近づくにつれて、CO₂の割合が明らかに低下するという予想外の変化が確認されたのである。

この変化の原因を突き止めるべく、新中さんらはハワイ・マウナケア山のすばる望遠鏡に搭載された高分散分光器(HDS)を用い、近日点通過後のアトラス彗星を精密に観測した。とりわけ注目したのは、アトラス彗星の主要な揮発性成分であるCO₂とH₂Oの比(CO₂/H₂O比)で、この値の変化から、彗星の内部に何が起きているのかを探ろうとした。

また、新中さんらは、CO₂/H₂O比に変化が生じる可能性の一つとして、銀河宇宙線による彗星表面の化学的な変質を考えた。長い年月を宇宙空間で過ごした天体の表面は、銀河宇宙線によりCO(一酸化炭素)がCO₂へ変換されることで、CO₂に富む状態へ変化する可能性が指摘されていた。一方で、内部はこうした外部環境からある程度守られており、より形成初期に近い組成を保っていると考えられる。

 彗星の内部構造

アトラス彗星の外層と内部の構造

この考え方に立てば、アトラス彗星は「宇宙風化を受けた外層」と「より始原的な内部物質」という層構造を持つ天体ということになる。太陽に接近すると温度が上昇し昇華によってガス放出は活発になるが、その過程で内部起源の物質がよりはっきりと観測されるようになる。その結果として、見かけ上の化学組成が変化し、CO₂/H₂O比の低下が生じたと解釈できるのである。

私たちが観測する「表面から放出された物質」は、その天体の本来の姿をそのまま反映しているとは限らない。むしろ、そこには長年にわたる宇宙環境との相互作用が刻み込まれているのである。

アトラス彗星の研究は、恒星間天体の理解を一段階押し上げたと言える。単に「太陽系と違うかどうか」を問う段階から、時間変化や内部構造を含めたよりダイナミックな視点へと、研究は確実に進みつつある。恒星間彗星は、単なる来訪者ではなく、別の星系の歴史を読み解く鍵を握る存在として、今後ますます重要になっていくに違いない。

■ 星を超えて運ばれる記憶

アトラス彗星がどこから来たのかは、今のところは分からない。だがその内部には確かに、別の星系で刻まれた歴史が存在している。そして太陽に近づくことで、その内部を私たちの前にあらわした。それは、太陽系よりも遥かに長い年齢をもち、何十億年もの間、星と星の間を漂い続ける天体の「誕生と旅の記録」でもある。

今後、より多くの恒星間天体が発見されれば、私たちはそれらを比較し、星や惑星の形成の普遍性と多様性を理解できるようになるだろう。さらに研究が進めば、将来的には3I/ATLASの出身地(銀河系のどのあたりで作られたか)を突き止める日が来るかもしれない。

【文:神谷俊郎 編集:新開絵梨佳 2026/06/01】

注釈

[1]「1」は第一番目、「Ⅰ」は恒星間天体(Interstellar Object)を表す。3Iなら「三番目の恒星間天体」である。 [本文へ]

関連リンク

What 3I/ATLAS Reveals About the History Beyond Our Solar System

-Unveiling the Mysteries of Interstellar Travelers-

In 2025, the third interstellar object ever detected by humanity entered the solar system. The object, designated 3I/ATLAS, drew intense attention as an exceptionally rare opportunity to directly study material formed outside the solar system.

Most comets orbiting within the solar system are composed primarily of water (H₂O). In contrast, observations suggested that the interstellar comet 3I/ATLAS has an unusually rich carbon dioxide (CO₂) composition, exhibiting characteristics significantly different from typical solar system comets. At least, that was the interpretation immediately after its discovery.

A research team led by Yoshiharu Shinnaka, a special researcher at the Kyoto Sangyo University Research Institute, conducted detailed observations of 3I/ATLAS using the Subaru Telescope after its perihelion transit (the point where it is closest to the sun). They found that the estimated CO₂/H₂O ratio had decreased significantly compared to the value before the perihelion transit. This indicates that the CO₂-rich surface layer of the comet’s nucleus was stripped away, exposing the H₂O-rich internal material, which then began to sublimate. In other words, 3I/ATLAS has a different chemical composition on its surface and in its interior. Why, then, do the outer and inner layers of the object differ in composition? Shinnaka suggests that long‑term exposure to galactic cosmic rays may have chemically transformed the surface into CO₂‑rich material.

3I/ATLAS thus offers valuable clues for understanding the evolutionary processes of small bodies formed in planetary systems beyond our own.