概要
京都産業大学 生命科学部 高橋 純一准教授は、神奈川大学と岐阜大学と進めている共同研究の一部が国際学術雑誌Ecology and Evolutionの学術論文として掲載されました。
本研究では、ミツバチやマルハナバチの重要害虫である寄生バチMelittobia sosuiの日本に侵入した個体群の遺伝的多様度をミトコンドリアDNAとマイクロサテライトDNAマーカーを用いて解析しました。その結果、ミトコンドリアDNAでは多様性が見られなかったもののマイクロサテライトDNAマーカーでは高い多様性が確認されました。この結果は、侵入個体群が複数の起源を持つ可能性や、遺伝的多様性の維持に関与する他の要因が存在することを示唆し、外来生物の遺伝的構造の理解や防除戦略の策定に重要な情報を提供しています。
内容
外来生物は、生物多様性や生態系サービスに重大な影響を及ぼす可能性があります。侵入生物の遺伝的多様性を評価することは、適応能力の理解や管理戦略の策定において重要な情報を提供します。一般に、外来生物は侵入過程でボトルネック効果を受けることで遺伝的多様性が低下すると予想されますが、実際の解析結果は種や状況によって異なります。
Melittobia(メリトビア)属の寄生バチは、ミツバチ、マルハナバチ、クマバチなどのハチ類に寄生することが知られています。特にマルハナバチの幼虫や蛹に寄生すると、巣の存続に影響を及ぼすことが明らかになっています。Melittobia属の一部の種は世界各地に拡散し、侵入種として在来種に影響を与える可能性が懸念されています。日本に外来生物として定着したMelittobiaがマルハナバチに寄生すると、マルハナバチの個体数減少を引き起こし、結果的に受粉不足による農作物の収量低下や、野生植物の減少を通じた生態系バランスの崩壊につながる可能性があります。マルハナバチはトマト、ナス、イチゴなどの農作物や野生植物の重要な花粉媒介者であるため、この影響は重大です(図1)。
図1.トマトの花を受粉するマルハナバチ(左)と寄生バチのメリトビアMelittobia sosui(右)。マルハナバチに比べて非常に小さいが、一度マルハナバチの巣に侵入すると重大な被害を与える。
図2.日本本土、琉球地域、および台湾の地図。Melittobia sosui は、沖縄、西表、台湾で生息していた。本研究では、琉球地域の在来分布域である西表、石垣、沖縄から M. sosui を採集し、さらに侵入地域である静岡および神奈川からも採集を行った。
本研究では、日本本土に侵入したメリトビアM. sosui個体群を対象に、核DNAとミトコンドリアDNAを解析し、その遺伝構造を明らかにすることを目的としました(図2)。解析の結果、ミトコンドリアDNAはすべてのサンプルで単一のハプロタイプしか検出されず、多様性が極めて低いことが判明しました。 一方、マイクロサテライトDNAマーカーを用いた解析では、高い遺伝的多様度と平均ヘテロ接合度が確認されました。さらに、マイクロサテライトDNAデータに基づく解析から、地理的な集団間で有意な遺伝的分化が認められ、複数の遺伝的クラスターが存在することが示唆されました(図3・4)。
図3.Melittobia sosui のミトコンドリアCOI配列に基づくTSCハプロタイプネットワーク。円の大きさは、サンプリングされた個体数に比例する。濃い青は西表、薄い青は石垣、青は沖縄、赤は静岡、オレンジは神奈川を表す。枝上の横棒の数は、ハプロタイプ間の変異の数を示している。
この結果から、M. sosuiの侵入個体群は、ミトコンドリアDNAの多様性が低い一方で、核DNAの多様性が高いことが明らかになりました。このようなパターンは、以下の要因にが考えられます。異なる起源を持つ個体群が複数回侵入し、核DNAの多様性が維持された可能性、侵入初期にボトルネック効果が生じ、ミトコンドリアDNAの多様性が失われたが、その後の個体数増加や遺伝的流動により、核DNAの多様性が回復した可能性、M. sosuiの繁殖行動や性比の偏りが影響した可能性です。
図4.Melittobia sosui の集団レベルのNeighbor-Joining(NJ)系統樹(a)および個体レベルのNeighbor-Joining系統樹(b)。これらは、53の多型マイクロサテライトDNAマーカーに基づき、在来集団(西表、石垣、沖縄)および侵入集団(静岡、神奈川)から作成された。記号の色はサンプリングされた集団を示し、濃い青は西表(IR)、薄い青は石垣(IS)、青は沖縄(OK)、赤は静岡(SZ)、オレンジは神奈川(KN)を表す。bにおける記号の形はミトコンドリアハプロタイプのクラードを示し、菱形は左クラード、三角形は図2に示された右クラードを表す。各ノードの数値はブートストラップ値を示し、50%以上の値のみ表示している。スケールバーは遺伝的距離を示す。
本研究は、日本本土におけるM. sosuiの侵入個体群の遺伝的特徴を解明し、侵入経路や繁殖戦略に関する重要な知見を提供しました。また、Melittobia属の寄生バチがマルハナバチ個体群に与える影響は、幼虫や蛹の死亡、巣の崩壊といった直接的な影響だけでなく、受粉機能の低下や生態系バランスの変化といった間接的な影響も含むことが分かりました。特に、侵入種としてのリスクを考慮すると、今後の全国的なモニタリングと防除対策が不可欠です。さらに、侵入生物の起源を理解するためには、分子遺伝学的手法が重要であることが示されました。
論文情報
タイトル | High Microsatellite but No Mitochondrial DNA Variation in an Invasive Japanese Mainland Population of the Parasitoid Wasp Melittobia sosui |
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掲載誌 | Ecology and Evolution |
掲載日 | 2025年2月15日 |
著者 | Jun Abe(神奈川大学 理学部),Jun-ichi Takahashi(京都産業大学 生命科学部),Koji Tsuchida(岐阜大学 応用生物学部) |
DOI | https://doi.org/10.1002/ece3.71026 |