政治家スピーチにみる「言葉」の重要性
2025.09.24
"Drop certain words or alienate voters"
最近アメリカのThird wayというシンクタンクから発表されたアメリカ民主党の政治家トークに関するレポートが話題になっている。Drop certain words or alienate voters(ある一定の言葉を避けよ、さもなくば投票者を排除することとなる)というタイトルでCNNのニュースになっていた(2025年8月22日付)。近年民主党が選挙で苦戦を強いられているのは明らかだが、その原因の一つをコミュニケーションの側面に見出したという点で非常に興味深い結果であった。CNNでは特にバイデン前大統領や候補者であったハリス前副大統領がスピーチで使っていた"existential threat(存在を危うくする脅威)"が紹介されていた。それらは地球環境や民主主義に関するスピーチで使用されていたが、それらに対してトランプ大統領が「They use the word "existential threat" often, but they don't know what a hell they are talking about。(彼らはよくその言葉を使う、しかし彼らは一体全体何を語っているのか)」と大衆の前で批判する映像が流れていた。
確かにレポートでは、民主党のスピーチを分析し、スピーチではよく使われるが一般の人々が日常的に使わないような単語をいくつか紹介している。例えば、"intersectionality(交差性:人種、性別、障害の有無など個人の持つ属性が複数絡み合うことで生まれる差別の仕組みを明らかにする概念)"や "system of oppression(抑圧制度:階級、人種、ジェンダーなどの属性により差別を生む社会システム)"などのLecture room wording(講義で使うような言葉)もその一種類である。今回のレポートでは政治家はそれらの言葉をスピーチ使うことで、投票者(voters)を排除(alienate)してしまっている可能性があることを指摘していた。トランプ大統領の「what a hell(一体全体)」といういわゆるスラングを使いつつ批判した点は、まさに聴衆との距離を縮めるために「わかりやすい言葉で語る」必要性だったのかもしれない。
言葉の選択とアイデンティティ
このレポートはそれらの言葉を禁じるわけでも、ある一定の言葉の使用をコントロールしようとしているわけではない。ただそれらの言葉を使うことで生じてしまう聴衆との距離を懸念しているのである。では、なぜ一定の言葉がそうした距離を生んでしまうのだろう。
私の専門である会話分析では、人は常に話すことで、それぞれのアイデンティティ(人となり)をその場その時に作り出していると考える。どう話すかがどういう人かを示し、相手とどういう言葉を使って関わるかによって関係性が作られる。例えば、よく学生に就活に際してのアドバイスを聞かれる時、私は必ず「自分の言葉で語る」「自分の経験に基づいたエピソードを例として使う」ように話す。就活の面接は確かに学生にとって非常にプレッシャーのかかる場だろう。しかしそこでいかに自分らしくいられるかが問われる。自分の言葉で語ることができれば、学生の人となりが伝わるだろう。また自身が実際に経験したことを「エピソード(物語り)」として話すことで、さらに具体的に学生の考え方や振る舞い方が相手に明確になる。言葉は、その人の日常や価値観を映し出し、それを相手と共有することで関係性が生まれる。その中でその人のアイデンティティが確立されていくのだ。
"They understand he is part of their culture。"
Third wayの代表者はCNNのインタビューにおいて、certain words(ある一定の言葉)を使う政治家に対して一般の人々は"That's not how we relate to one another。(私たちはそうした言葉で関わり合うことがない)"と語っていた。Relateという言葉は、単に関わり合うと言うだけでなく、心が通い合うという意味も持つ。今アメリカでは、様々な側面での「分断」が深刻な問題になっている。自由の国アメリカと呼ばれお互いの違いを受け入れる移民をベースとした文化がある一方、それぞれ個々の文化や政治的スタンスの違いによって生じる亀裂を埋めることがさらに難しくなっている。
Third wayのレポートで指摘された亀裂は、教育に起因する部分もあるかもしれない。民主党の議員やスタッフなどのほとんどが大学あるいは大学院を卒業し学位等を持つという。スピーチをする政治家もそのスピーチをチェックするスタッフも、Lecture room wordingを使うことに慣れ、それを使うことに価値を見出している。しかしながら、アメリカの大学進学率は年々下がっており、学位修得した人の割合も全体の半数を割り込みつつある。レポートが指摘するように、投票者の半分にとって「縁遠い」言葉を使い続けた結果、それらの投票者が民主党から離れてしまう可能性が危惧されているのだ。
CNNの放送の中でアナウンサーがThird wayの代表者に質問していた。「では現時点で民主党の政治家の中でeffective communicator (効果的なコミュニケーションを行う人)は誰か?」その際、いわゆるRed states(共和党の牙城 )と言われるケンタッキー州で州知事を務める民主党の政治家Andy Beshearがその一人として紹介されていた。"He talks like a normal person。...They understand he is part of their culture。(彼は普通の人のように話す...投票者は彼が彼らの文化に属していると理解しているのだ)"と語られていた。聴衆が普通に使う言葉で語りかけることで、そのローカルな文化に帰属しているかどうかが示され、そこに繋がりが生まれる。投票者は政策だけでなく、心の通い合う関係性を政治界に求めているのかもしれない。
2026年11月の中間選挙に向けて民主党は巻き返しを図っているが、未だ厳しい情勢が予想されている。こうしたレポートは、政策だけでなく聴衆への語りかけ方も政治を動かす重要な部分であることが示された興味深いものであった。果たして投票者の心に届く言葉を紡ぎ出してBlue wave(民主党の勝利)を起こせるのか。今後の動向を注視したい。
- アメリカでは共和党を赤、民主党を青として示すことが多く、それぞれの州もどちらかに分類されることがある.ケンタッキー州は一般的には共和党支持者が多くRed statesとされるが、現在の知事は民主党の政治家Andy Beshearである.
川島 理恵 教授
異文化コミュニケーション、医療社会学、会話分析