環境問題と平和構築

2025.06.23

有害な遺産

連日、ウクライナやガザにおける悲惨な状況を伝えるニュースが報じられている。小さな子どもを持つ親として、崩壊した家屋や泣き叫ぶ子どもの姿に接するたび、胸が引き裂かれるような思いを抱かずにはいられない。
戦争がもたらす深刻な被害は、人命の損失や建物の破壊といった直接的なものにとどまらない。そこには、しばしば見落とされがちな「環境への破壊」も含まれている。
国連環境計画(UNEP)が2022年に発表したウクライナ紛争に関する環境影響評価レポートi)によれば、紛争によって加速された化学物質の漏出、インフラ設備の破壊、土壌汚染などにより、ウクライナ全土が深刻な環境危機に直面している。特に、爆発物や建築廃材に含まれる有害物質が土壌に浸透することで、広範囲にわたる土壌汚染が発生しており、農業大国であるウクライナの農業生産性に長期的な損害を与える可能性が高い。これは、同国の復興を妨げる大きな要因となりかねない。
このように、戦争が引き起こす環境破壊は、単なる「副次的な被害」ではない。有害廃棄物や放射性物質、水質・大気・土壌の汚染といった形で、将来世代にまで悪影響を及ぼす「有害な遺産(toxic legacy)」となる。これらは、紛争後の人々の健康と生活基盤を脅かし、平和な社会の再建に深刻な困難をもたらすのである。

環境変化と資源枯渇

戦争は環境汚染を引き起こし、「有害な遺産」として平和構築を阻害する深刻な要因となる一方で、急速に進行する環境変化そのものも、資源の枯渇とそれを取り巻く対立を惹起・悪化させる潜在的な脅威であることは、近年広く認識されつつある。
とりわけ気候変動がもたらす環境の急激な変化は、海面上昇や異常気象の頻発を通じて水・食糧・土地といった基本的資源の供給を不安定化させ、人口増加とも相まって大規模な人の移動を引き起こす。これが民族・宗教をめぐる対立と結びつき、資源をめぐる争いを誘発・激化させるリスクが高まっている。
環境変化と紛争の関係性を示す典型的な事例が、スーダン・ダルフール紛争である。潘基文・元国連事務総長が2007年6月のワシントンポストへの寄稿において「ダルフール紛争の背景には複合的な政治・経済要因が存在するが、少なくとも部分的には気候変動に起因する環境危機である」と述べたように、長期的な降水量の減少が牧畜民と農耕民の間の水や土地に対する競合を激化させ、繰り返される干ばつが民族間の緊張を高めたことは、同地域の武力衝突を環境的に説明する代表的な見解となっている。ii)

環境的平和構築

「人新世(Anthropocene)」や「地球の限界(Planetary Boundaries)」といった概念が注目される今日、地球規模の環境変化が新たな紛争の火種となり、既存の対立をさらに深刻化させることへの懸念が高まっている。とりわけ、異常気象の頻発や自然資源の不安定な供給は、社会的不安を増幅させ、紛争のリスク要因となる可能性がある。
こうした課題に対処する上で、近年その重要性が増しているのが、環境的要因を平和構築のプロセスに積極的に組み込む「環境平和構築(environmental peacebuilding)」の考え方である。これは、「環境的要因は紛争の原因ともなり得るが、同時に対話と協力の契機ともなり得る」という視点に基づいている。水や森林、農地といった共有資源の持続可能な管理をめぐる協力は、敵対するコミュニティ間に信頼関係を育むきっかけとなり得るのである。
では、いかにして環境的視点を平和構築に実装していけばよいのか。その方法は、自然資源の共同管理や、国境を越えた環境協定など、多岐にわたる。ここですべてを紹介することはできないが、もし関心を持たれた方がいれば、私が担当する「国際環境論 I・II」の講義において、その可能性を共に考察していきたい。

  • i) United Nations Environment Programme (UNEP). (2022). The environmental impact of the conflict in Ukraine: A preliminary review. Nairobi, Kenya: UNEP.
  • ii) 例えば、2007年に出された潘基文元国連事務総長の見解を参照されたい。

井口 正彦 准教授
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グローバル・ガバナンス論