現在の国際情勢をどう見るか-米・露・中の動向を中心に
2025.8.06
はじめに:「問題解決理論」と「批判理論」
国際関係学部で最初に学ぶ国際関係の基礎理論として、リアリズム(realism、現実主義)とリベラリズム(liberalism、自由主義)がある。リアリズムの基本概念として、国益、ハードパワー、勢力均衡、中心的アクターとしての主権国家などを学び、リベラリズムの基本概念として、平和、ソフトパワー、相互依存論、国家主権の制限などを学ぶ。この2つの理論を現実の国際関係に当てはめてみると、凡そのことが分かるようになるが、現実はあまりに複雑であり例外も多い。複雑な現象を読み解くために、世界システム論やコンストラクティビズムなど、更なる理論学習をすることとなる。
理論学習と共に歴史的視点も重要である。そもそも理論は歴史的文脈から生まれている。例えばリベラリズムが制度化された国際組織の実例として地域統合を進めるEU(European Union, 欧州連合)が挙げられ、EUはASEAN等の地域組織とは異なり、構成国の国家主権の一部の共有・譲渡をその不可欠の要素とすること、また「不戦共同体」「価値の共同体」であることをその特質とすると学ぶ。EUは、1950年代初頭以降の70年以上におよぶ地域統合のプロセスを経てきたが、更に長期的に見れば、17世紀半ばに成立し現在まで続くウェストファリア体制からの構造転換(主権国家から成る世界から地域統合を中心とする多極的な世界)を徐々に押し進めつつある、歴史上類を見ない行為主体である。こうした長期的視点からは、国際関係において「欧米諸国」などと一括して扱うことが不適切であることが分かる。米国は建国から250年程の若い国なのである。現在の欧・米関係も、長期的に見ることが重要である。
しかし眼前で展開される世界情勢を見れば、ウェストファリア体制以前の世界に回帰しようとする国家、あるいはEUとは異なる意味での多極的秩序(帝国的秩序)を実現しようとする国家の動きが露わになってきた。米国、中国、ロシア、そしてグローバル・サウスの国々は(1)、第二次世界大戦後に積み重ねられてきた国際協調主義的ルールに基づく秩序(これを「自由主義的国際秩序(Liberal International Order), LIO」と呼ぼう)よりも国益や伝統的アイデンティティを主張し、その実現のために既存の世界の構造・システムを自国にとって有利に利用し、批判的な国際的世論には耳を傾けず、独自の正当化の根拠を盾に、国際ルールに反する行動を憚らずに強行するようになった。国際社会の本質がアナーキーであることを、地で行くような国際社会になりつつあるように思われる。
現代は、各国(とりわけ超大国や地域大国)のナラティヴ(narrative, 自国の行動に対し正当性を付与するために、意図的に創作された物語)が共存し対立する"battle of narratives"の時代であり、グローバルな構造転換の時代なのである。秩序が安定した時代に通用する支配的価値観やそれを正当化する正統派の理論が実は普遍的・一般的な理論ではなく、特定の時代の特殊な理論であったことが現実によって証明されつつある。現代のような激動の時代にこそ、長期的な国際関係の構造変容を見通す理論が必要である。国際政治学者の故Robert W. Coxは前者を「問題解決理論(problem solving theory)」と言い、後者を「批判理論(critical theory)」と呼んだ(2)。「批判理論」の立場から、現在生起する国際情勢を、米国、中国・ロシアについて見てみよう。
米国:衰退する覇権国
構造転換の先導役は、現代の国際システムを作った張本人である米国であり、その国益を極端な方法で体現するトランプ大統領である。米国は、かつて圧倒的なパワー(経済力・軍事力等)を持ち、第二次世界大戦後のLIOの基盤となる制度(=米国が先導して構築した国連システム、WTO、NATO等の国際公共財)を下支えてきたが、1970年代以降覇権国としての地位は凋落してきた。その中で、トランプは、最早、米国の利益とならず、担い続けてきた経済的・人的な不利益を免れるため、LIOとしての国際システムを維持する役割を放棄し、自国の国益優先(America First!)を主張して憚らない。トランプは、世界中の国々から米国の価値が奪われてきた旨、声高に叫ぶ。しかしその原因がそもそも米国の覇権やパワーの凋落にあるのなら、トランプの後任の大統領も(民主党政権であれば国際協調のための政策変更が多少はあろうとも)基本的に同じ対外政策をとるであろう。MAGA(Make America Great Again!)という勇ましいスローガンは、覇権国の地位から降りて自国の国益増進に邁進する米国の内向きの強がりの台詞でしかない。
2025年に、トランプはWTOの通商ルール(自由貿易、無差別主義、多国間主義)違反は物ともせずに(WTO脱退さえほのめかしている)、米国のパワーを発揮できる2国間交渉によって、イギリス、日本、EU、韓国、インドなどに対し米国に有利な(とトランプが考える)高関税を突きつけ、投資や安全保障案件も絡ませて、「ディール(取引)」で落としどころを見出し、その成果を誇っている。最初にふっかける高関税率や様々な理不尽な条件は客観的根拠も曖昧で(米国にとっての不利益も多々あり)、結果的には最初に提示した関税率は大幅に低下し、TACO(Trump Always Chickens Out、「トランプはいつも怖じ気づいて退く」)とも揶揄される(3)。トランプの「ディール」も徐々に手の内が分かってきたものの、相手国は戦々恐々とトランプの顔色を窺って交渉せざるを得ず、不利益を最小限にしようと譲歩して妥結し、国内で影響をうける業界や利益団体に交渉の成果を誇示して説得しているのが現状である(4)。
トランプの国際社会観は、たとえ非公式な発言であれ、「カナダを51番目の米国の州として買い取る」、「デンマークの自治領グリーンランドを買い取る」、「パレスチナ問題解決方法としてガザ地区を買い取り、パレスチナ人を近隣諸国に移住させる」、と言った荒唐無稽な構想に示されている。不動産王として名を馳せたトランプは、国や領土を「不動産」として扱い、すべての問題はディールで解決できるという信念が現れ、アラスカ購入やルイジアナ購入など19世紀の米国外交を引き合いに出すという歴史的類推の誤用、弱小国(首脳)に対しては外交儀礼に反するあからさまに見下した侮蔑的言辞を弄するという態度は、相手国の主権や国民感情・人権を軽視するという外交的基礎知識や資質の欠如等、長年にわたって微細なガラス細工のように手作りしてきた外交関係を破壊する点、多くの問題を含んでいる。そこで生活し、かけがえのない人生を送っている人間の姿は視野になく、人権感覚と歴史観を欠いた「帝国」的意識が露呈されている。こうした米国の「反知性主義」(5)を体現する大統領を、米国民が自ら選んだという事実は、米国(の主権者)にとってだけでなく、世界にとっても悲劇として歴史に刻み込まれるであろう。
ロシア・中国:「帝国」を目指す権威主義国家
他方、構造転換期には、世界の支配的構造に不満を持つ国々が、過去の自国の最盛期の領土や栄光を取り戻そうとして、或いは新たな勢力圏の再編を目論んで、剥き出しの軍事力や経済的威圧を行使し始める。1991年のソ連邦解体以降、かつての勢力圏を失いつつも、一時は民主主義パートナー候補国としてG8のメンバーにもなったロシアではあったが、1990年代初頭からジョージアでは「アブハジア共和国」と「南オセチア共和国」、モルドヴァでは「沿ドニエストル共和国」という実効支配地域や傀儡国家の樹立と独立国家としての承認(世界でロシアのみ)を強行し、更には2014年のクリミア半島の占領によってG8から除名されると共に、権威主義・独裁政権としての実質的性格を益々強めてきた(制度的・手続的には周到に「民主主義」を装っている)(6)。2022年2月のウクライナ侵攻もその延長線上にある。
ロシアは、化石燃料資源の輸出に依存したまま、産業構造の近代化・多様化は進んでおらず、名目GDPは中国の8分の1にしか過ぎない(2023年)にも関わらず、GDPの6~6.5%(2024年推計。治安機関関連支出を含めると10%以上)を軍事費に費やす軍事大国として、様々な軍事的威嚇・攻撃手段を駆使することにより独自の軍事的プレゼンスを示し、勢力圏の回復・維持・拡大に奔走してきた。こうしたLIOを蹂躙し続ける国家であるにも関わらず、EU諸国はロシア産の安価な化石燃料を輸入せざるを得ず(ウクライナ侵攻以前、約4割をロシアから輸入)、また輸出市場としても上位10位以内にランクインするので、こうした「相互依存関係」の維持のため、権威主義的行動をとるロシアとは曖昧な(自己欺瞞的な)関係を維持してきた。ドイツのメルケル政権時代に執られた対露融和政策はその典型である。しかも「価値の共同体」であるはずのEUは、ドイツに限らず、構成国の国内事情によって、必ずしも一枚岩ではなく、それどころかハンガリー、スロバキア、ポーランドなど旧社会主義国の親露的政治家はその姿勢を隠すことがない。ロシアはあらゆるEUとの「相互依存関係」を利用してEUの結束に楔を打ち込んでいる。2021年に公式に打ち出されたEUの「戦略的自律」が、喫緊の課題としての重要性を増したのは、ウクライナ侵攻を大きな契機としてである。
14億人という巨大な市場を持ち、世界の工場として安価な工業製品や日用品を大量生産し、世界に大量輸出する中国に対しても(ロシアのようにEU構成国とは国境を接しておらず地政学的に安全保障上の脅威に差はあるとはいえ)、コロナ禍で過度な貿易依存とそれによる経済的・安全保障的脆弱性が露わになるまでは、同様なスタンスで経済関係を維持してきた。しばしば個別の経済的威圧(ステイト・クラフト)があったとは言え、巨大な市場であり、巨大な投資国であり、サプライチェーンとして不可欠な存在であったからだ。とりわけドイツの基幹産業である自動車産業の過度な依存のツケは、中国が優位性を持つEV(電気自動車)時代になり支払わされることになる(後述)。短期的収益に目を奪われる企業目線での対中経済関係構築は、中国の長期的な「製造強国」政策、技術革新、価格優位性によって、逆手に取られ、環境を旗印とするEU待望のEV市場が中国に蚕食されることになった。中国は、保護主義的政策により防戦一方のEUに対し異議を唱えつつも、米国トランプの高関税=保護主義政策に対してはEUに手を差し伸べ、自由貿易の旗手として反対を唱えるのである。
一方でロシアや中国は、戦後の欧米主導で作られたLIOを事実上受け入れつつ、国益に沿う限りで最大限利用すると同時に国益に反する場合にはその形骸化・歪曲化に努めてきた(ex. 国連安全保障理事会常任理事国の地位は死守。国有企業が貿易の競争優位性の原動力である中国はWTOの禁ずる国家補助には当たらないと強弁して譲らない)。経済大国である中国とは異なり、エネルギー資源と軍事力以外に優位性を持たないロシアにとって、EU近隣諸国の民主化やNATO加盟の動向に我慢の限界に達した対応が、ウクライナ侵攻であった。国際社会が承認した主権国家であるウクライナを独立した「国家」とは認めず、ロシアの一部であることを主張し、軍門に下らない限り破壊と殺戮を尽くす大きな「ならず者国家 (rogue state)」を、国際社会は経済制裁以外に懲罰しようがない。国連での非難決議も、実効性がないだけでなく、対ロ関係を忖度し、紛争の火の粉を被りたくないため、棄権や反対する国もある。国際社会はロシアと軍事的関わりを持たぬように距離を取り、インドや中国などは輸出先を失った化石燃料を安く買い取ることによってロシアの窮状を救うと同時に自国のエネルギー需要をお値打ちに満たすというしたたかな関係を維持している。
安全保障理事会常任理事国であるロシアは拒否権行使どころか、核兵器使用をちらつかせ、国際社会を脅迫しているのが実情である。ロシアの侵攻は正にリアリズムの世界観である「国際社会の本質はアナーキーである」ことを証明するものである。その中でのウクライナの被った被害は筆舌に尽くしがたいものであり、劣勢にありながらも決して屈することなく、3年以上にわたって耐えてきたウクライナ国民の粘り強い抵抗・反攻は、後世に語り継がれるものとなろう。
「帝国」を、強大な軍事力を背景に、自国の国境を越えた領土や民族を支配しようとする侵略主義的な大国と定義すれば、中国とロシアはそれに該当する。中ロの主張する「多極的世界」の実現というのは、自らの「帝国」的勢力圏内部の問題については、民主主義や人権尊重に反する場合であっても、干渉しない国際秩序のことを言う。すでに世界の国家の中では、自由民主主義体制を取る国よりも、権威主義体制・独裁政治体制をとる国数の方が多いのが現実である(7)。中ロの立場に賛同する国も多い所以である。
こうした現在の国際情勢の中で、リベラリズムはどんな意味があろうか、どんな自己革新が必要なのか、特にリベラリズムを体現するEUの対応はどうなのか(8)。また近年プレゼンスを強める「グローバル・サウス」-とりわけアジア諸国-はどのような特徴を持ち、LIOに対しどのようなスタンスなのだろうか(9)。その点についての批判理論的考察は次の機会に行いたい。
- リベラリストのJ. アイケンベリーは、2024年1月発行の論文で、現在の世界秩序を3つ-西側民主主義世界、東側権威主義世界、グローバル・サウス世界―に分けて説明している。但し、当該論文執筆 はトランプ2.0発足前で、楽観的に民主主義世界の中心に米国とEUを置いている。G.John Ikenberry (2024), Three Worlds: the West, East and South and the competition to shape global order, International Affairs, Volume 100, Issue 1, January 2024, Pages 121-138
- Robert W. Cox (1981), "Social forces, states, and world orders: beyond international relations theory," in Robert W. Cox and Timothy J. Sinclair (1988), Approaches to World Order (Cambridge University Press), pp.88-91. Coxの国際関係理論は、今も尚、多くの研究者に引き継がれている。Shannon Brincat (ed.) (2017), From International Relations to World Civilizations:The Contributions of Robert W. Cox (Oxfordshire and New York: Routledge)
- Financial Timesのコラムニストであるロバート・アームストロングによる造語。
- トランプ大統領は、2025年7月31日夜に、新たな関税命令を発表した。これにより米国と世界各国の貿易関係はバイラテラル(二国間)ベースでグローバルに再編され、90カ国以上に新しい関税が課されることになった。
- 森本あんり(2015年)『反知性主義』-アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、同(2017年)『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)参照。
- 鳥飼将雅(2025年)『ロシア政治-プーチン権威主義体制の抑圧と懐柔』(中公新書)参照。
- 横大道聡氏の論考「一撃で解決できる手段はない」(2025年6月12日付け『日本経済新聞「経済教室」』)によれば、世界における権威主義国家の数は91カ国で民主主義国家の数(88カ国)を上回り、自由で公正な選挙、法の支配、表現の自由、多元主義といった民主主義体制の諸要素をすべて備えている国家は29である(スウェーデンの調査機関V-Dem研究所が25年に発表した報告書による)。また、他の調査では「完全な民主主義」と評価された国は25カ国、「権威主義体制」は60カ国(英エコノミスト誌の調査部門が毎年公表している「民主主義指数」報告書の最新版による)。また、世界の自由度は18年連続で低下、世界人口の約38%が「自由でない」国に暮らし、「自由」な国に住む人はわずか20%である(米国の非政府組織フリーダム・ハウスの24年度報告書)。以上の数字は、世界の民主主義・人権の状況は、理念に向かって徐々に改善するどころか、極めて悲観的な現状であることを物語っている。
- EUがリベラリズムの本質的価値を堅持しつつ、国際情勢の変化に対応して、楽観主義的リベラリズムではなく、軍事・安全保障政策も含めた懐疑主義的リベラリズムに転換していく方向に活路を見出す論稿として、Christine Nissen, Jakob Dreyer (2024), From optimist to sceptical liberalism: reforging European Union foreign policy amid crises, International Affairs, Volume 100, Issue 2, March 2024, Pages 675-690.
- アジア10カ国のLIOに対するスタンスについて比較検討したものとして、Kanti Bajpai, Evan A Laksmana (2023), Asian conceptions of international order: what Asia wants , International Affairs, Volume 99, Issue 4, July 2023, Pages 1371-1381.
WTO(世界貿易機関)本部、 Geneva, Switzerland.
鈴井 清巳 教授
国際経済論、EU経済、地域統合