2025(令和7)年度 過去の研究会詳細

2025年(令和7)年度 第3回研究会

日時 2025年7月23日(水)
14:00〜16:00
場所 4号館2階 総合学術研究所

発表者及びテーマ

宮坂 真紀(文化学部助教)
アンテルモ・セヴェリーニによる『竹取物語』の語源解説の翻訳の試み

1880年にフィレンツェで出版されたIl Taketori Monogatari ossia La fiaba del nonno tagliabambù はヨーロッパの言語による『竹取物語』の翻訳の中で最も早いもののひとつである。訳者アンテルモ・セヴェリーニはイタリアの高等教育機関で初めて日本語講座を担当した東洋学研究者として知られている。優れた言語学者でもあったセヴェリーニは『竹取物語』で多用される複雑なことば遊びに高い関心を示した。本発表では『竹取物語』における語源解説(世間一般に知られていることばの語源を『竹取物語』の作者が独自の解釈で物語に関連づけて説明したもの)の翻訳を精査し、翻訳上の工夫や課題を検討することで、19世紀のイタリアにおける日本語・日本文化理解の一端を明らかにする。

臼杵 岳(共通教育推進機構准教授)
僕らが「ワクワクする」理由:オノマトペ動詞の分類と多様性に関する一考察

影山(2021)は、オノマトペ動詞(「オノマトペ+する」)を7タイプに分類し、事象叙述、属性叙述に加え新たに身体感覚叙述が存在すると提案している。本発表では、オノマトペ動詞の意味的な多様性と項構造の統語的な具現化の観点から、影山分類を再考する(Akita (2010), 多田 (2010), 臼杵 (2024))。また、オノマトペ動詞の分析から動詞の項構造の具現化に関する「様態・結果の相補性仮説」に関して新たな知見を得られる可能性を探求する(Rappaport Hovav and Levin (2010), 臼杵 (2015, 2016))。

2025年(令和7)年度 第2回研究会

日時 2025年6月25日(水)
14:00〜16:00
場所 4号館2階 総合学術研究所

発表者及びテーマ

高橋 純一(生命科学部・生態系サービス研究センター准教授)
ミツバチとの会話を目指して―ダンスが語る象徴性と意味伝達の構造

ミツバチの8の字ダンスは、動物界における象徴的コミュニケーションの中でも、最も顕著かつ精緻な事例の一つである。花の位置・距離・方向といった空間情報を巣内の仲間に伝える非音声的かつ視覚的な身体言語であり、そのパターンは「角度=方向」「ダンスの持続時間=距離」という空間座標の符号化に基づいている。これは、任意の記号と意味を結びつける象徴性という、言語的特性の一端を示している。
本発表では、まずカール・フォン・フリッシュによる古典的実験を紐解き、ダンス行動の構造と情報伝達機能を概観する。続いて、動物間コミュニケーション研究の最新知見を踏まえ、8の字ダンスが人間の自然言語の本質的特徴とどのように重なり合うかを検討する。さらに、近年明らかとなったダンス言語の進化的背景や地域差、振動・音・匂いを組み合わせた複合的コミュニケーションの実態についても紹介し、ミツバチの情報伝達を自然言語の周辺構造として再定位する可能性を示唆する。これらを通じて、動物と人間の“言語”を隔てる境界線を改めて問い直し、相互理解への新たな視座を提示する。

鈴木 孝明(ことばの科学研究センター研究員・外国語学部教授)
名詞句内の語順選好における統語的・認知的構造化

名詞句内の修飾語(指示詞・数詞・形容詞)の語順に注目し、統語的あるいは意味的構造とその線的順序との対応関係を準同型写像(homomorphism)と捉えて検討する。これは、階層構造をどのような語の並びにするかという「構造と線形化(linearization)」に関する広義のマッピングの問題として位置づけられる。日本語(L1)と英語(L2)に関しては、語順の「自然さ」に関する評価課題を用い、人工言語(L3)については、後置修飾構造をもつ語順の人工文法を学習させ、産出課題によって語順選好を調べた。本発表では、現在分析中のデータを提示し、それにもとづいて統語的あるいは認知的な構造化の原理が働いている可能性について議論する。

2025年(令和7)年度 第1回研究会

日時 2025年5月28日(水)
14:00〜16:00
場所 4号館2階 総合学術研究所

発表者及びテーマ

梶 茂樹(ことばの科学研究センター研究員・現代社会学部元客員教授)
Kiga語の動詞活用

アフリカのバンツー系の言語は一般に動詞活用が複雑である。現在私がウガンダで調査しているKiga語ではtense/aspect/moodによる変化が50以上もある。しかも、1つの時制において、基本形(主節形)、主語関係節形、目的語関係節形、when従属節形、if従属節形、分詞形などがあり、それぞれ形が異なるのでいちいち確認していかなければならない。特に変化に声調が絡むので、いくつかの条件を考慮して調べていく必要がある。Kiga語の調査はいまだ道半ばであるが、得られた活用形を打ち出すとA4紙で500ページを超える。今回は、6月に調査に出かけるので、中間報告として、このKiga語の動詞活用の全体像が見えるように整理して報告したい。

吉田 和彦(ことばの科学研究センター研究員・外国語学部客員教授)
ソシュール理論と印欧語比較文法

印欧祖語の母音交替の不規則性を内的再建法によって統一的に説明しようとしたソシュールの試みは、個別的な対応の解釈の寄せ集めではなく、構造体としての祖語の再建であった。ソシュールの見方によれば、印欧祖語にはソナントのように機能する自律的な音素(coefficient sonantique)が存在した。この音素は分派諸言語において完全に消失したと考えられていたが、ソシュールが亡くなってから2年後の1915年に解読されたヒッタイト語に部分的に保存されていることが明らかになった。こうしてソシュール理論の正しさは立証され、喉音理論(laryngeal theory)として確立した。その後今日に至るまで、喉音理論は印欧諸言語にみられるさまざまな不可解な音韻的および形態的な問題の解明に向けて、重要な役割を果たすようになっている。