所長挨拶

「タンパク質動態研究所」は、2016年に設立され、2020年からは、遠藤が研究所の所長を務めています。この研究所は、タンパク質が細胞の中でどのように「作られ(合成)」、「形をつくり(成熟・構造形成)」、「移動し(輸送)」、「他の分子と組み合わさり(組織化)」、そして「壊されていく(分解)」のか、その一連の流れ=「動態」を総合的に研究することを目的としています。当研究所では、生タンパク質の動態を深く理解することで、生命科学の発展に貢献するとともに、次世代を担う人材の教育・育成にも力を入れています。また、この知見を社会に還元し、人類が抱えるさまざまな病気の原因解明やその治療法の開発にもつなげていくことを目指しています。

私たちの体の中では、遺伝情報をもとにして、タンパク質が、アミノ酸が特定の配列でつながった高分子(ポリペプチド)として作られます。しかし、それだけではタンパク質として機能できません。ポリペプチドがタンパク質としてそれぞれのタンパク質が担うべき機能を獲得するためには、まず正しい立体構造に折れたたまれる必要があります。同時に、細胞の中で働くべき場所に移動し、場合によっては膜に組み込まれたり、他のタンパク質・核酸・小分子・金属イオンなどと複合体を作ったりして、はじめて本来の機能を果たせるようになります。そして、役目を終えたタンパク質や、構造に異常があるタンパク質は、タンパク質の再生のために、そして時には毒性を生じるリスクを避けるために、すみやかに分解されなければなりません。ヒトのタンパク質は、遺伝子数としては2万数千ですが、実際には遺伝子レベルで組み替えられたりして10万種類以上になります。一つの細胞の中には100億個ほどのタンパク質が存在し、それらが1秒ごとに数万個の単位で生成と消滅を繰り返しているのが、生命活動の実態なのです。
さて、アミノ酸をでたらめにつないでポリペプチドをつくっても、それらのほとんどは特定の形に折れたたまれることはなく、さらには特別の機能をもつことはありません。特定の形に折れたたまれ、特定の機能をもつタンパク質に必要なアミノ酸配列は、生命が何十億年にもわたる進化の中で、偶然と自然の選択の重なりによって、少しずつ見出され、改良され、蓄積されてきた結果なのです。すなわち、私たちが生きていられるのは、生命が長い年月をかけて少しずつコレクションしてきた「10万種類あまりの奇跡の高分子」であるタンパク質のおかげなのです。 本研究所は、こうした奇跡のタンパク質、その動態に様々な角度から注目することを大きな特徴としています。これまでのタンパク質研究では、個々のタンパク質の構造や機能に焦点を当てた物が中心でしたが、それらが「どのように作られ、動き、働き、壊されるのか」という動的な側面についての研究は十分ではありませんでした。個々のタンパク質は、互いに相互作用することによって、「機能単位」をつくり、さらにそれらが階層的に組織されて、生命という複雑なシステムを実現しています。こうした「組織化」や「ネットワーク」の視点からタンパク質をとらえることも、これからの生命科学にとって重要と考えます。
さらに重要なことは、タンパク質研究をとりまく研究環境は大きく変わりつつある、タンパク質研究が大きな転換点を迎えていることです。第一に、クライオ電子顕微鏡の技術が飛躍的に進歩し、これまでアプローチが難しかった巨大タンパク質複合体や膜タンパク質の立体構造が高精度で、しかも動的な過程もスナップショットを撮るように解明できるようになってきました。第二に、AI(人工知能)の力を借りて、タンパク質のアミノ酸配列から立体構造をかなりの精度で予測できるようになってきました。これにより、生命科学者はタンパク質の機能を構造に基づいてより深く考察できるようになりました。これは、かつての「ゲノム革命」に匹敵する進展であり、生命科学の研究手法を大きく変えつつあります。

こうした最新の技術革新を背景として、本研究所では、構造に基づいたタンパク質動態の研究をさらに発展させていこうとしています。国内ではまだ数が限られているクライオ電子顕微鏡を導入し、それを活用した最先端の研究を進めていきます。また、このような最前線の装置や技術に、大学院生だけでなく学部生のうちから直接ふれられる「ハンズオン授業」も展開します。これにより、将来の社会を担う人材を育て、社会が求める知識と技術を備えた優れた人材を輩出することは、本学の教育理念にも合致するものです。
本研究所を構成するメンバーは、タンパク質動態の研究で世界の最前線を走る研究者が集まっています。6名の教授を中心に、博士研究員や大学院生も加わって、活発な研究活動を展開しています。全国的に見ても「タンパク質動態」という名前を冠した研究所は珍しく、国公立、私立大学を含めても他に例がない、独自の存在です。研究所構成員が高い専門性と強い研究力を活かし、互いに連携しながら取り組むことで、これまで世界的に注目される成果を数多く生み出してきました。これからもそうした成果が次々に生まれてくることを確信しています。

タンパク質動態研究所
所長 遠藤 斗志也

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