2023年に日本が主導して打ち上げたX線分光撮像衛星「XRISM」に搭載された主力検出器Resolve(軟X線カロリメータ検出器)は非常に高い分光能力を用いて、銀河団やブラックホールといった宇宙の高エネルギー天体の観測において新しい宇宙像をもたらしています。佐藤教授は、Resolve検出器開発から打ち上げ作業、そして打ち上げ後の軌道上運用まで検出器チームとして貢献してきました。
XRISM衛星搭載Resolve検出器でケンタウルス座銀河団を観測したところ、銀河団の中心部で高温ガスが地球に向かう方向に秒速150-310キロメートルという速さで運動している証拠を直接観測しました。この測定結果は、宇宙最大の天体である銀河団の形成進化過程の解明に大きなヒントになると考えられています。
関連掲載記事・論文
- 天文月報 9月号 「XRSIMニュース(4)」藤田、佐藤、萩野(日本天文学会刊行)
- 月刊「科学」7月号 「銀河団の構造形成をX線精密分光観測で解き明かす」佐藤浩介(岩波書店)
- Nature, Vol. 638, Issue 8050, pp. 365-369,“The bulk motion of gas in the core of the Centaurus galaxy cluster” XRISM collaboration (責任著者 佐藤浩介),DOI: 10.1038/s41586-024-08561-z
研究概要
宇宙から飛来するX線は、主に温度(=エネルギー)の高い場所で強く放射されます。実は宇宙にある通常物質(バリオンと呼ばれる)の大半は温度数百万度程度のプラズマ(電離したガス状の状態)で存在していて、それらはX線でしか直接観測することができません。特に、ブラックホールや銀河、銀河の大集団である銀河団のような、宇宙にある天体の中でも重力解放による高エネルギー現象で支配されている天体は強いX線を発しており、想像を絶するような物理現象が観測されています。よって、地球や我々の体を形づくっているようなバリオンが、宇宙開闢以来どのように旅して、現在のような姿になっているのかを知るためには、宇宙X線観測はとても重要な情報を我々にもたらしてくれます。しかし、X線は地球大気に遮られて地上には届かないため、観測器を人工衛星に載せて宇宙空間に設置する必要があります。
2023年に日本が主導して打ち上げた「XRISM」衛星搭載の主力カメラ「Resolve」の特長は、超精密エネルギー分光能力です。つまり、飛来してきたX線の微小なエネルギーの違いをも検出できるということです。身近なもので例えると、サイレンの音が近づいてきたり、遠ざかったりすると音の高さが変わる、ということは経験したことがあると思います。これと同じことが光の世界でも起こります。遠ざかっていく物質から放たれるX線のエネルギーは低く、近づいてくる物質が放つX線のエネルギーは高くなって観測されます。「Resolve」カメラは2020年代まで主流であったX線CCDカメラよりも約30倍エネルギー感度が高く、地球から数億光年離れた銀河団中のX線を放つプラズマの運動を光の速度(秒速30万キロ)の千分の一の精度(秒速数百キロ)で測定することが可能となります。このような精密なプラズマの運動の測定は、私たちに新たな「活動的な宇宙」の描像をもたらすと期待されてきました。
「XRISM」衛星搭載の「Resolve」カメラはどうしてそれほど感度が高いのでしょうか?理由は、マイナス273.1℃という絶対零度近くの極低温下でカメラを動作させることにあります。このため、「Resolve」は液体ヘリウム寒剤(マイナス269℃)という燃料を自身のタンクに積んでHII-Aロケットに乗り宇宙に飛び立ちました。液体ヘリウムは常に周りから冷やしておかないと、どんどん蒸発してしまうので、打ち上げ直前まで極低温下で管理し、満タンの状態で宇宙に飛び立たせなければなりません。通常の衛星は一旦ロケットに乗ったら電源を落とし、安全な状態で保管され宇宙に飛び立ちます。しかし、液体ヘリウムが寿命に直結する「Resolve」カメラは、ロケット射場(種子島宇宙センター)でも打ち上げギリギリまで電源を落とさないで24時間体制で作業し続けます。通常行わない作業のため、佐藤教授はロケット射場関係者らと様々な調整を行い、打ち上げ時には種子島でのResolve検出器の打ち上げ作業をリードしました。一度ロケットに乗って液体ヘリウムを積み、チーム一丸となって衛星が無事打ち上げられるまで作業を続けました。
図:X線撮像分光衛星「XRISM」搭載Resolveで観測したケンタウルス座銀河団のエネルギースペクトル。X線イメージはチャンドラ衛星で観測したもの。
さて、今回の研究成果では、地球から約1億光年の距離にあるケンタウルス座銀河団の中心部を「Reolve」カメラで観測しました。銀河団とは数百から数千個の銀河で構成される銀河の大集団で、宇宙最大の天体であり、宇宙年齢をかけて成長してきました。よって、銀河団の形成進化の理解は宇宙の構造形成の解明にも大きな役割を果たします。「Resolve」はケンタウルス座銀河団の中心部で大規模なガスの運動を世界で初めて直接測定し、地球方向に向けて秒速150-310キロメートルと決定しました。この成果は、従来考えているよりもガスの運動が大きく、これらガスの運動で銀河団中心部での温度構造が保たれていることがわかりました。これまでも銀河団内のガスの運動は、観測や宇宙論的シミュレーションでも示唆されてきましたが、銀河団中心部でもこれほど大きく揺れ動いているのは予想外の観測事実でした。
XRISM衛星は銀河団だけでなく、ブラックホールや活動銀河中心核、超新星残骸などの宇宙の高エネルギー天体の観測で大きな科学成果を次々とあげています。今後の観測成果にもご期待ください。