メタバース保険には、どの法を適用すべきか
メタバース(metaverse)という単語を耳にしたことがあるかと思います。これは、われわれが実在している現実空間(より正確には、物理空間)ではなくて、仮想空間です(バーチャル空間、仮想現実(VR: virtual reality)、電脳空間(cyberspace)などともいいます)。現実空間は一つしか認識できませんが、仮想空間はいくつも存在し、しかも、いくつもの仮想空間を次々と訪れることもでき、さらには、われわれ自身がメタバース内のメタバース(「ワールド」などと称されています)を創ることもできます。
メタバースの利用者は、仮想空間であるメタバースに、世界中から、思い思いのアバター(avatar)と呼ばれる自分の分身で参加することができます。今のところ、メタバースの主勢力は、ゲーム系の仮想空間と、ソーシャル系の仮想空間です。それ以外にも、コンサートやイベントの開催や、ビジネスに用いられたりしています。


ビジネスに関しては、たとえば保険業界もメタバースの商用利用に取り組み始めています。いわば「メタバース保険」ということになりますが、現時点では、現実空間向けの保険のメタバースでの販売に限定されているようです。たとえば、韓国では、ある生命保険会社がメタバースに仮想ファイナンシャル・プランナーを登場させたようです。
またたとえば、日本では、ある損害保険会社グループがメタバースでの商品説明や保険販売を開始しています。
このようなメタバースの利用形態は、韓国の保険会社が韓国居住者に保険を販売したり、日本の保険会社が日本居住者に保険を販売したりするものですので、現実空間における保険のインターネット販売とさほど異なるものではありません。そのため、このようなメタバース保険については、それぞれ、韓国や日本の保険監督法や保険契約法が適用されることになると考えられているように思われます。
けれども、将来的には、メタバースが著しく発展し、われわれ自身が毎日のように特定のメタバース空間を訪れ、そこで多くの時間を費やすようになるとともに、そのメタバース空間に相当額の「財産」(自身のアバター、そのアバターが装着する衣服、アクセサリー、バッグ、シューズなどの他、「土地」や「建物」や店舗など)を「所有」するようになるかもしれません。なお、既にこうした「財産」はどんどん増えつつあります。 たとえば、あるシューズメーカーはバーチャルスニーカーを販売していました。
またたとえば、メタバース用の様々なアバターが販売されています。

こうして一定の「財産」がメタバース内に蓄積されるようになると、それにつれて保険の需要も高まっていきます。そして、やがては、もはや現実空間を介さない保険商品が誕生することになるでしょう。すなわち、アバターAがあるメタバース内に保有する自分の「財産」を保険の対象として、アバターBがそのメタバース内に設立した保険会社Cが販売する財産保険に加入するという保険です。こうした完全なバーチャル保険については、現実空間のどの法が適用されるのかがよく分かりません。メタバースは現実空間内のいずれかの国の領土ではないでしょう。また、アバターの背後にいる現実空間の人の氏名や住所等が分かりませんし、そもそも、そのような情報を詮索しようとしないところにメタバースの良さがあります。さらには、AIアバターも存在しますが(しかも、人が背後にいるアバターと見分けがつかない)、AIアバターの背後に人はいないからです。
そうであるとすると、そのような完全なバーチャル保険については、もはや現実空間のいずれかの国の法を適用することを諦めて、メタバースにおけるルールの体系(それを「法」と呼ぶかどうかは言葉の問題です)の発展を促した方が良いのかもしれません。