オレオレ詐欺~「進化」する詐欺の手口

1.「オレオレ詐欺」の手口

皆さんは、「オレオレ詐欺」という言葉を聞いたことがあると思います。その手口は大体こんな感じですね。

-ある日、とつぜん、高齢者の自宅に電話がかかってきて、「お母さん、オレ、オレだけど、事故を起こしちゃった。被害者の治療代をすぐ払わないと逮捕されちゃう!」などと一方的にまくし立てます。そこで、高齢者の側が、つい「一郎かい?」と息子の名前を言うと、「そうだよ、早くこの銀行口座に500万円振り込んで。口座番号は○○○○だから。すぐにお願い!」-

以前は、この種の詐欺で高額の金銭を振り込んでしまう高齢者が多く、被害総額も年間数百億円に達するほどの社会問題になったことは皆さんも覚えておられるでしょう。

2.「オレオレ詐欺」から「振り込め詐欺」、そして「特殊詐欺」へ

ところが、ここ数年、警察は「オレオレ詐欺」という言葉をほとんど使わなくなっています。このことに気がついておられるでしょうか。実は、警察は、「オレオレ詐欺」に代わって、しばらくの間、「振り込め詐欺」という言葉を使っていたのですが、最近はこれもやめて、「特殊詐欺」という用語を使っています。では、なぜこのように名称が変わっていったのでしょうか。以下で、この点を考えてみましょう。

実は、このように詐欺の名称が変わっていったのは、数年の間に手口が「進化」してきたからなんです。もちろん、ここにいう「進化」は悪い意味で使っています。どんどん巧妙になったというぐらいの意味でご理解下さい。あえてカッコ付きで「進化」と表現している理由は、あとでご説明します。

名称が変化した理由を理解するには、実際にあった以下のような事例を挙げるのが分かりやすいと思います。

-「オレオレ詐欺」に騙されて500万円を振り込んだAさんは、これからは絶対騙されないようにしようと思い立ちました。そして、今後は誰から電話がかかってきても、絶対に自分からは息子の名前を話さないようにしていました。ところがある日、「お母さん、オレ、一郎だよ。仕事でつい会社のお金を使いこんじゃった。このままバレたら捕まるから、今回だけ500万円貸して!」と電話がかかってきました。Aさんは、向こうから「一郎」と息子の本当の名前を話してるんだから今度は本物だと思って、すぐに500万円振り込みました。-

このように、Aさんは、「オレオレ詐欺」だから相手は息子の名前を知らないはず、名前を知っているということは本物だ。」と考えてお金を振り込んだのですが、実は、やっぱり詐欺だったのです。では、Aさんはなぜ2回も騙されたのでしょうか。

3.詐欺の手口は変化する

その理由は、「オレオレ詐欺」の犯罪集団が、警察や社会が考え出した防止策に応じて、詐欺の手口をどんどん巧妙化していったことにあります。

すなわち、当初は防止策として、「オレオレ詐欺」なんだからこちらから名前を言わなければ騙されないはずだと説明されていましたが、そのうち犯罪者集団は、卒業名簿や会社名簿などの個人情報が載っている資料を集め出しました。そして、家族の名前や年齢などを調べ上げてから高齢者に電話を掛けるんですね。すると、「オレオレ詐欺だから息子の名前は知らないはず」との思い込みがあるために、つい騙されてしまうわけです。

「振り込め詐欺」という言葉が使われなくなった理由も同じです。この種の詐欺があまりに増加したため、銀行や郵便局の窓口で高齢者が高額の振り込みをしようとする場合には、かならず窓口職員がチェックするようになりました。そうすると、犯罪者集団は、「銀行に振り込んでくれ!」はやめて、これに変えて「コンビニでレターパックか小包に現金を入れて送ってくれ!」と言うようになったのです。そして現在では、現金を自宅に受け取りに来る方法が一般的になっています。これでは「振り込め」詐欺とはいえませんし、高齢者の側からすれば、わざわざ自宅にまで取りに来るぐらいだから本物だろう、とつい思っちゃうのですね。犯罪者はその思い込みのスキを突いてくるということがおわかり頂けると思います。

このように、騙す側は、社会が用意する対応策に応じて、どんどん手口を変化させています。皆さんもこのことに気づかないと、将来、さらに巧妙化した詐欺に引っかかってしまうかもしれません。このことに気づいてもらうために、あえてカッコ書きの「進化」という言葉を使って皆さんの注意を引いたわけです。

4.では、どうすればよいの?

このことから分かるのは、「自分は騙されない」との思い込みは捨てることです。むしろ、「私も隙を突かれて騙されるかも」という意識を持つことが重要です。身近な高齢者を含めて、振り込みであれ、物の購入であれ、お金を貸す場合であれ、いかなる名目でも、多額の金銭が外に出て行くこと自体に注意を払いましょう。

また、上に述べたことから、住所、氏名、電話番号などの個人情報をしっかり守ることの重要性もお分かりでしょう。たとえば、懸賞に応募するなどの際に住所氏名や電話番号を記入すると、それが何らかの拍子に犯罪者に渡ってしまうと、長年にわたって詐欺などに使われることになりかねません。

最後に、法学部での学習との関係についてもひとこと触れておきましょう。実は、法律を勉強することは、上で述べたようなリスクに対応する能力を身につけることでもあります。たとえば、刑法や刑事政策で様々な犯罪類型を学べば、次第にどんな行為が危険なのかを察知することができるようになります。また、なぜ個人情報が法律によって強く保護されているのかを学べば、それを手渡すことの危険も理解できます。このように、法律の理解は、リスクの多い現代社会における行動指針であり羅針盤なのです。

グラフは「特殊詐欺認知・検挙状況等について」(警察庁)を加工して作成

 
 

髙嶌 英弘 教授

民法、医事法、消費者法


PAGE TOP