アニメとゲームが紡ぐ日サ関係2030 2024.12.26

変わりゆく中東の大国サウジアラビア

2024年12月11日、国際サッカー連盟(FIFA)が、2034年のワールドカップ(W杯)をサウジアラビアで開催すると発表した。現在、サウジはムハンマド皇太子を中心に国家戦略「ビジョン2030」を掲げ、官民挙げての国内改革を進めている。人権問題で批判を浴びるサウジでの開催については、これをスポーツウォッシング(スポーツを通じた諸問題の隠蔽)だとして批判する声も聞かれる。だが、当のサウジは、W杯を改革の成果を内外へと示すための格好の機会と見なしているであろうし、また同杯の開催に向けて、改革が一段と進むことも予想される。近年、サウジでは長らく禁止されていた女性の自動車運転が解禁されたり、観光ビザの発給が始まったりするなど、過去に見られなかった大きな変化が起きている。W杯の開催までに、同国がどれほど変わるのかが大いに注目される。

「日・サウジ・ビジョン2030」を通じた関係の広がり

サウジと日本の国交は1955年に樹立され、この間に両国は経済的な結びつきだけでなく、皇室外交/王室外交を繰り返すなどして関係を密にしてきた。2016年にはムハンマド皇太子(訪日時は副皇太子)が日本を訪問し、「ビジョン2030」への日本の協力を仰ぐとともに、両国の関係強化に向けての覚書も交わされた。翌年には、サルマーン国王が来日し、包括的な関係構築に向けての計画である「日・サウジ・ビジョン2030」が発表された。エネルギーやエンターテインメント、医療、農業、インフラ、能力開発等、多岐にわたる分野で、両国が戦略的パートナーシップを築くことが謳われている。これをもとに、日本とサウジとの関係が、より多面的に広がることが予想される。

日本の娯楽コンテンツに対する高い関心

「日・サウジ・ビジョン2030」に記された重点分野は多岐にわたるが、なかでも注目したいのがエンターテインメントやメディア、ゲームといった日本の娯楽コンテンツに寄せられる関心の高さである。中東では、日本のアニメやゲームの人気が総じて高い。とくにサウジの場合、国内での娯楽の種類が長らく限られていたこともあって、テレビから流される日本のアニメは子どもたちにとって特別な意味を持つものであった。キャプテン翼(現地ではキャプテン・マージドと書かれる)やドランゴンボールといった有名な作品に加えて、中東ではそれ以外の作品も多くの人々に愛されている。

例えば、日本では永井豪氏の作品と言えば、マジンガーZやデビルマンが真っ先に思い浮かぶであろうが、中東では「UFOロボ グレンダイザー」の名前が筆頭に挙がる。2019年にサウジの英字新聞が日本語版ウェブサイト(https://www.arabnews.jp/)を開設した際には、同サイトのロゴを永井氏が揮毫した——同サイトの「アラブニュースについて」という項目には、「アラブニュースのロゴは、アラブ世界を席巻したグレンダイザーやマジンガーZ、デビルマンなどで知られる人気漫画家の永井豪氏の作品です」と誇らしく書かれている。また、2024年3月には、サウジ政府の出資によって、首都リヤド近郊に世界初の「ドラゴンボール」テーマパークがつくられる計画も発表された。

日本のゲーム企業への投資

サウジは近年、日本のゲーム企業に対する投資も積極的に行っている。サウジ最大の政府系ファンドが、任天堂やカプコン、コーエー、ネクソンといった日本の有名ゲーム企業の株式を大量に買い集めている。2021年にはムハンマド皇太子が創設し、取締役会会長を務める財団(正確に言えば、その傘下の企業)が、大阪のゲーム企業のSNKを買収している。スーファミ(スーパーファミコン)時代の名作ゲーム(例えば、餓狼伝説やサムライスピリッツなど)を数多く制作した企業で、ムハンマド皇太子が同社の作品のファンだったとの記事も出ている。今月はじめには、サウジにおける日本の娯楽コンテンツへの関心の高さを背景に、日本のSBIが現地のファンドと提携し、日本のゲーム・エンタメ関連株投信をサウジ向けに売り出すと発表している。

サウジからの投資が増えることに、リスクがないわけではない。単純に言って、圧力が強まる可能性が否定できないからである。バブル期の頃、日本企業がアメリカの不動産や企業を買収すると、日本に対するバッシングが起きた。逆向きの経済侵略・文化帝国主義に対する懸念からだが、今のところ日本国内においてサウジへの懸念や批判の声は聞こえてこない。サウジ国内ではゲームを開発するにあたり、イスラームの法・倫理審査が求められる。しかし、そうしたことを日本企業に押し付けようとする動きは少なくとも現時点では見られず、純粋に投資の対象となっている——とはいえ、王族の「好み」が少なからず投資の選好に反映されていることは確かであろう。そのため、サウジからの影響を懸念するよりも、日本企業のなかには同国からの豊富な資金が流れ込むことを歓迎しているところも多いように見える。

日本とサウジアラビアとの新たな関係の構築に向けて

2000年代以降、日本のゲーム・エンタメ企業は、欧米だけでなく、台頭する中国、韓国、台湾企業などとの激しい競争に晒されるようになった。人口縮小や経済成長の鈍化に悩まされる日本に留まるだけでは八方塞がりであり、必然的に海外に目を向ける企業が増えている。また外からの投資や資金をいかに受け入れ、それを企業の存続や発展に活かしてくのかが問われるようにもなった。アニメやゲームなどの娯楽産業を「ビジョン2030」の重要な柱と位置付けるサウジは、日本の企業にとって不利益よりも利益をもたらす存在となりうる。もちろん、これはゲーム・エンタメ企業に限った話ではなく、それ以外の分野にも当てはまると言えよう。中東の大国で進む国家の一大改革に、日本がいかに関わることができるのか。このことは、今後の日本企業の海外進出や、さらには日本経済全体の行方を占ううえでも重要な問いだと思われる。

千葉 悠志 准教授

中東地域研究、メディア研究、国際関係論

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