所長挨拶

2020年3月

京都産業大学建学の祖、荒木俊馬先生は、1965年第一回入学式告辞において、「現在の一触即発ともいうべき国際的危機と不安定極まりない国内情勢に直面して、祖国日本の将来を背負うて立つ指導的若人を育成する最高教育機関」を創設すべく、ほとばしる情熱をもって語られた。
それから星霜過ぐること45年、2010年に図らずも世界問題研究所長を拝命してから2020年まで10年がたった。この間「国際的危機と不安定極まりない国内情勢」は本質的な意味で改善されたのであろうか。


答えは否である。過去10年は、冷戦の勝利者アメリカが内外からの挟撃をうけ徐々にその指導力に陰りを見せ、次の世界の指導者を目指す中国の台頭が世界場裡の全局面に登場し、両者の緊張と対立はすべての国家における「自国第一主義」を誘発し、ナショナリズムとポピュリズムが混交する混沌たる時代の幕開けとなった感があった。
他方この時代は、我が国国内においては、安倍晋三長期政権の時代となった。これに先行した6年間6名の「回転ドア総理大臣」の時代に比べ、日本の政治・外交・安全保障力は確かに安定・強化された。
この内外の時代の流れに対応して世界問題研究所は、できうる限りのアンテナを磨き、学問の立場から、時代の要請に応える「世界問題」についての共同研究を試みた。2013年所長挨拶で開始のゴングをならし、2017年所長挨拶で一応の完成を報告した『日本発の「世界」思想——哲学/公共/外交』の上梓(藤原書店)が、一里塚としての私たちの到達点となった。
爾後の課題として2017年の所長挨拶で述べた三点については、

  1. 外に向かう今後の外交の指針として提起した「やわらぎの外交」については、本年3月7日に予定した国際シンポジウムでの私の基調講演『やわらぎの外交序説』の準備によって(シンポジウム自体はコロナ・ウイルスによって開催はかなわなかったが)、
  2. 内に向かう新しい切り口として提起した「市民社会」の在り方については、世界問題研究所全員の力によって藤原書店から『公共論の再構築——時間/空間/主体』を上梓しえたことによって、
  3. 地域としての最重要な研究対象として提起したユーラシア大陸については、喫緊の課題となった「一帯一路」について、間もなく晃洋書房から『一帯一路——多元的視点から読み解く中国の共栄構想』を上梓する運びとなったことによって、

三つともにそれなりの形をもって共同研究を終えることができたのは、誠に望外の幸せであった。


しかもなお、世界はいま、コロナ・ウイルスというほとんどの人が想定しえなかった新しい危機に遭遇したのである。感染者も死者も拡大の一途をたどり、私たちはまだ、この新しい危機がこれからどのような形で終息するかを知らない。しかし、これまでの時代を「コロナ以前」と整理しなければならないような巨大な時代の変化の始まりに、私たちはいるのかもしれない。
だが、危機は機会でもある。コロナ・ウイルスは、自ら国境を選ばない。ウイルス固有の因果関係に従って、拡散できるところに密やかに拡散し、浸食できるところに浸食し、人間の生命をうばう。なれば今こそ人類は、この見えざる共通の敵に対し、国境という人為の壁を乗り越えて共に戦うべき、千載一遇の機会を天から頂戴したのではないか。
わが外交が位置する北東アジアにおいても、歴史と領土を含む様々な困難からぬけだせない日本・中国・韓国は、この共通の敵に対し共に戦うべき、まごうかたなき真実の課題をえたのではないか。
被害の拡散を最小限に抑えるために、各国ともに、管轄権の範囲内において水際対策をとり、主権の範囲内で被害の極小化に向かって全力を尽くすべきは、これまた当然のことである。
しかしそれらの課題の先にある、人類共通の敵と戦うという世界史的な課題にこそ、私たちが今考えるべき「コロナ以後」の世界問題があるのではないだろうか。


10年の永きにわたりともに研究活動を行ってきた同僚各位に対し、これを終始補佐した研究所の事務職員に対し、これを支えてくださった京都産業大学全体に対し、また、私たちの活動全体を様々な形で応援してくださった世界と日本の友人たちに対し、心からの感謝を述べたい。

世界問題研究所長 東郷 和彦
2020年3月31日

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