ロシア社会と民主主義

報告者 河原地 英武(外国語学部教授)
開催場所 京都産業大学 上賀茂総合研究館 1階会議室
開催日時 2018年6月27日(水)15:00~16:30

1. ロシア大統領選挙について

2018年3月18日に行われたロシア大統領選挙では、不正投票のことが話題になった。同じ人間が二度も三度も投票する様子や、選挙管理委員会の女性スタッフが何枚も投票用紙を箱に入れる場面が、日本のテレビでも取り上げられたのである。しかし今回の大統領選挙は、そもそも不正自体が無意味だった。いわば出来合いのレースで、ウラジーミル・プーチンの圧勝が初めから決まっていたのである。彼に対抗し得る候補者は皆無だった。この選挙はロシアに民主主義が存在することを対外的に宣伝する程度のものだったように思われる。
ロシアでは有力な候補者が頭角を現すと、汚職や詐欺の容疑で起訴されるなどして、立候補を取り下げざるを得なくなる。そのような形で政敵はことごとく排除されるのである。また、現政権を批判したり、野党を支持したりする者も、不可解な死を遂げたり、暗殺されることがたびたびあった。それに政権が加担しているとは言わぬにせよ、今日のロシアには自由で開かれた民主主義は存在しない。

2. ロシアにおける民主主義——「主権民主主義」論

ロシアでは、2006年2月22日与党「統一ロシア」会合で、スルコフ大統領府副長官が「競争力は主権の政治的同義語である」と題して、国家の主権を外部から揺るがすことは出来ず、強固な主権が民主主義を保証する、ということを主張した。この概念は、同年6月28日に科学アカデミー幹部会でスルコフが「ロシア民主主義のモデルは『主権民主主義(Sovereign democracy)』と名付けられる」として精緻化された。
その後も、同年7月14日『イヴェスチヤ』でイワノフ副首相兼国防相の論文「主権民主主義、強大な経済と軍事力」、8月22日『ロシア新聞』でゾリキン憲法裁判所長官の論文「ウェストファリア体制の擁護」、9月6日『ロシア新聞』でシンポジウム記録「グローバル化の条件下における主権国家」がそれぞれ掲載された。

3. 主権民主主義論の背景

このような主張の背景として、国内的な要因と国際的な要因が指摘できる。前者に関しては、チェチェンなど少数民族による分離主義の傾向や、オリガルヒと呼ばれる新興財閥による国家資本の私物化への危機があった。
後者に関しては、例えば北オセチアで生じた学校テロをプーチン大統領は「国際テロによるロシアへの直接干渉」と断定したり、イワノフ国防相が「外国によるロシアへの内政干渉は主要な脅威」とみなしているように、国際社会からのロシア主権への干渉を問題視している。また、グルジアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、キルギスの「チューリップ革命」などの背景には欧米の働きかけがあったとの認識があり、ロシアは対抗措置として国内におけるNGO活動を規制する法案を成立させていた。

4.ユーラシア圏の特徴

2004年以降の旧東欧、旧ソ連構成国の多くがEUとNATOに加盟し、ロシアの孤立化が指摘されている。 しかし、このようなロシアにおける権威主義体制としての民主主義の捉え方は、とりわけ中央アジア五か国など他の旧ソ連構成共和国にも見て取れ、ユーラシア国家に共通性がある。カザフスタン議会ではナザルバエフが2015年の大統領選で97.9%の得票率で当選しているし、ベラルーシのルカシェンコも1994年以来、大統領を続投しており、事実上の独裁政権となっている。中国も国家主席の任期を撤廃し、憲法に「習近平思想」を盛り込むなど、権威主義体制を強化している。
このように、中露を軸に、ユーラシアは独自の政治文化圏を形成しつつあり、これらの地域をユーラシア独自の民主主義という観点から比較考察することで、ロシアの位置づけが明確になるように思われる。
報告中の河原地教授
質疑応答の様子
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