国際シンポジウム「企業の社会的責任とアジア思想:中国知識人との対話」
2018年3月21日(水)、本学むすびわざ館において、世界問題研究所主催、中華炎黄文化研究会および経済人コー円卓会議共催にて、「企業の社会的責任とアジア思想:中国知識人との対話(Corporate Social Responsibility and Asian Thoughts:Dialogue with Chinese Intellectuals)」と題した国際シンポジウムを開催した。プログラム及びシンポジウム概要は以下の通り。
開催場所 | 京都産業大学 むすびわざ館 2階ホール |
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開催日時 | 2018年3月21日(水)13:30~17:30 |
開会挨拶 | 大西 辰彦(京都産業大学副学長) |
ビデオレター | エズラ・ヴォーゲル(Ezra Vogel:ハーバード大学名誉教授) |
基調講演 | スティーヴ・ヤング(Stephen Young:グローバルCRT(コー円卓会議)事務局長) 楊 恒達(Yang Hengda:中国人民大学文学院教授、中華炎黄文化研究会倫理専門委員会執行会長) 川勝 平太(静岡県知事) |
パネリスト | 楊 煦生(Yang Xusheng:北京大学高等研究院世界論理研究センター教授) 葦津 敬之(宗像大社宮司) 矢野 弘典(CRT日本委員会会長) 中谷 真憲(京都産業大学法学部教授・世界問題研究所員) |
開会挨拶(大西 辰彦)
京都には100年を超える老舗企業が2,000社を超えており、中には家訓の代表的なものとして中国の孟子を源流とする「先義後利」という考え方がある。その思想は、京都企業のエートスを形づくっている。現在は、日本でも世界でも、企業の社会的責任(CSR)が避けては通れない問題であり、米・中・日の思想のトップリーダーが議論を交わすことは、大変意義深い取り組みである。
ビデオレター(エズラ・ヴォーゲル;英・日・中の三か国語で順次本人より発言)
日中関係は両国にとってだけではなく、世界にとっても重要である。アカデミックなレベル、あるいは企業家のレベルで、このような対話を行い、リーダーシップを持つということが非常に意義深い。
基調講演Ⅰ(スティーヴ・ヤング)
西洋では合理性に支配された物質的な考え方に立つゼロサム的な考えがあるが、他方、中国や日本では精神的・倫理的な知見からwin-win的な発想で国を治めようとする傾向も見られた。孔孟の時代にもどる儒家本来の思想は、「恕(shu)」と「仁義(ren yi)」を重んじ、日本の「共生」思想の「どのようにお互いに信頼し合う環境にもたらすか」という点と、共通したwin-winのコンセプトとなるのではないか。
基調講演II(楊 恒達)
儒家思想は仁愛を基本とし、君子は仁愛の模範となる。君子の道徳的リーダーシップは修身斉家治国平天下として顕現される。現代の経済社会におけるリーダーは、このような君子思想から学ぶことができる。すなわち、行動規範としての「恕(思いやり;reciprocity)」が肝要であり、「自分が嫌なことは人にするな」、「自分を本当に知ることができてようやく他人のことを知ることができる」と教えられる。
基調講演III(川勝 平太)
日本では17世紀初期の兵農分離で、土地から切り離された武士の職分は「経世済民」すなわち経営(management)になった。それは、世界最初の所有と経営の分離であり、資本主義の起源とされる生産手段と生産者の分離(「原始的蓄積(primitive accumulation)」)に対して、「本来的蓄積(primary accumulation)」と名付けられる。経世済民の実をあげるために徳を磨いた「武士道」の精神は日本における人的資本重視の源流である。
パネル発言I(楊 煦生)
多くの難題に直面している今日において、解釈学(Hermeneutical)により、伝統的な儒教倫理の絶対主義的な考え方を改め、儒教の宗教性を考慮しなければならない。そこで、文脈倫理のパラダイム及び責任倫理を適応し、これまでに軽視されてきた儒教の宗教性と絶対主義的な儒教倫理を再考し、儒教倫理をより普遍的なものにする必要がある。
パネル発言II(矢野 弘典)
CSRやSustainabilityの成否は、リーダーの質如何にかかっている。論語は、人格形成の基本は廉恥心にあり、そこから徳性が育つと説く。「恥」則ち良心に照らして恥じない心の持ち主であって、しかも知的な才能にも秀でた「才徳兼備の人」を究極の人物像としている。今の時代が最も必要としているリーダー像といえよう。
パネル発言III(中谷 真憲)
儒教・仏教渡来後の外来思想のインパクトに対応して、日本なりの思想を体系化していこうとする努力は、江戸時代に万葉集に戻り、再発見された面がある。「和(やわらぎ)」は歌の中に込められた「心の発露=悲しむこと」として捉えられ、「もののあはれ」として世界を見る。これは自立した個人を想定する西洋的な発想とは全く異なる。
パネル発言IV(葦津 敬之)
神道のキーワードは霊性・精霊信仰・生態学である。精霊信仰(アニミズム)に基礎を置く神道は生態学(エコロジー)と切り離せない。自然そのものの中にも神様がおられるため、環境破壊=神の破壊になる。神道の連続性は自然循環そのものであり、その中で、日本が本来もっている、生活の芸術化、謙虚さと質素、静かな心を大切にしたい。
総括(東郷 和彦)
CSRがアジア思想とどのような接点をもちうるかが、今回のシンポジウムの課題であったが、
- 「儒教」が本来もっている恕・仁愛について、米・中・日いずれからも強い関心が寄せられた。
- 経営者としての武士階級が、「武士道」の徳義にたって日本経済の発展をリードしたとの知見が提示された。
- 日本で、「心の発露」から「もののあはれ」という独特の心象風景が生み出された。
- 日本古来の「神道」は自然循環そのものに連続性を見出している。
といった、4つの視座から活発な議論が提示された。これをどのように深めていくかはまさにこれからの課題であるが、今回のシンポジウムはその良い出発点になったと思う。