世界の激変と東アジアの安全保障 ‐改めて日本の近隣外交を考える‐

報告者 添谷 芳秀(慶応義塾大学法学部教授)
開催場所 京都産業大学 第2研究室棟 会議室
開催日時 2018年1月24日(水)15:30~18:00

慶応義塾大学から東アジアの国際政治、安全保障問題を専門とされる添谷 芳秀教授にご講演いただいた。学外からは、朴 勝俊教授(関西学院大学)、下里 隆治顧問(同志社大学南シナ海研究センター)、同志社大学の院生2名、の参加を得て行われた。懇親会には、浅野 亮教授(同志社大学)も出席された。

発表概要

はじめに

トランプ現象に象徴的に見られるように、いま、冷戦後の国際社会になかった新しい分断と対立構造がグローバルなレベルで表れている。これまではアメリカが国際政治のロジックを集約する役割を担っていたが、今では「国際政治の地域化」が起きており、それぞれのリージョンが独自のロジックによって変動している。それでは、東アジアは世界的な変動の中で、どのようなロジックによって成り立っているのか、そこで日本はどのような役割を果たしてきたのか、また果たさなければならないのか。

米中の新型の大国間関係

中国がアメリカに次ぐ新しい大国として台頭する中で、2012年2月に習近平(国家主席就任前)がワシントンを訪れた際に提起し、2013年6月のオバマ大統領との最初の米中首脳会談でも強調されたのが「新型の大国間関係」であった。習近平は、①相互理解と戦略的信頼、②互いの核心的利益の尊重、③互いの利益となる協力、④国際情勢における、また、グローバル・イシューに関する協力と調整の促進、を述べた。オバマ政権は当初この概念に反発はしなかったが、次第に距離をとるようになるうちに、結局、トランプに席を譲ることとなった。
中国がいうこの新概念は、現状維持勢力の雄米国と新興勢力の雄たる中国との間で、アジア太平洋における棲み分けを狙ったものだろう。グローバルなところでは、中国は真っ向から既存の秩序に対抗するのではないと解釈できるが、問題はやはり、アジア太平洋地域での中身が何かということになる。中国側が提起する諸項目の中で最も重要なのが「核心的利益」であろう。

中国の核心的利益

中国は、かつては台湾・チベットを、最近では南シナ海や東シナ海も核心的利益に据えている。南シナ海に関しては2020年までに一定の目途をつけるというプランがあると言われている。東シナ海(尖閣諸島)に関してはまだ同様のプランはないが、2020年以降はこちらのプラン作りに入るという見方もある。これらの核心的利益は単なる領土問題ではなく、中国の主張が現実になったときには、新型の大国間関係の完成をみるということでもあり、「中国の夢」の実現の一種のバロメーターでもある。中国がこの立場を崩さない限り、問題は長期化するだろうし、中国のいう「核心的利益」をそのままには認めえないと考える国との緊張の拡大は否めないということになる。

データから観る東アジアと日本の位置

核心的利益実現の背景としての軍事費に目を向けると(2016年時点、約$1=¥100)、1位がアメリカのおよそ60兆円で、2位が中国のおよそ20兆円となり、3位はロシアのおよそ7兆円だが、3位以下はほぼ横ばいである。世界のシェアで見れば、アメリカと中国でおよそ50%を占める。アジアでは、日本、韓国、台湾、東南アジア諸国、インドの合計がようやく中国と並ぶ状況である。
従って、日本が中国と一国で対抗戦略を持とうとしても、持てるはずがなく、日本にそのオプションはない。しかし中国のいう核心的利益に日本が同意できないこともある。また、世論ベースでも、良くないイメージを持っていると答える人の割合は多い。そこで、日本としては重要で複雑な政策のかじ取りを迫られるが、日本のこれからの役割を、東アジア情勢の歴史的な流れの中に位置づけ考えるための前提として、今日の東アジア情勢の背景をなした90年代の状況を顧みる。

90年代が抱いていた「実現されなかった」可能性

90年代は冷戦が終了した後の10年間であり、国際的には多極化を志向する時代であった。日本は基本的に国際主義で動いており、東アジアにおいて生起する新しい緊張問題に対しては、国際社会のルールと価値を尊重して解決するよう積極的に行動した。同時にそういう日本の行動を猜疑心を持って見かねないアジア周辺諸国に対しては、それらの国の声に真摯に耳を傾け、和解のプロセスを進めるというものだった。 そのなかで、93年に北朝鮮がNPT脱退を通告し、朝鮮半島の核危機が高まった。この有事に対して適切な対応をとる中身が伴っていないことを認識した日米の安保・防衛当局者は、95年2月の「ナイ・レポート」以降、「日米安保共同宣言」、「新・防衛計画の大綱」、「ガイドライン」の改定等、日米安保の再確認のための様々な努力を行った。
李登輝訪米、台湾総統直接選挙、中国の軍事演習が相次いだため、新たな緊張要因がこの時期に加わってしまうが、上述の安保・防衛の見直しは、本来中国問題とは別の次元から生まれたものだった。周辺事態法の国会審議でも、「地理的概念ではない」ということを言いとおすことによって中国との間での緊張を拡大しない配慮を日本政府は持ち続けていた。
しかし、アジアとアメリカ双方に対して国際主義の立場から日本外交を進めるという政策は結局2000年代に入り、小泉時代、6人の短期総理時代、そして安倍時代へと続く中で、1990年代までとは異なる動きに代わられ、現代にいたっている。

おわりに-今後の日本はどのような役割を担うべきか

台頭する中国の勢いには決して軽視できないものがあり、米国及び日本に対する周辺アジア諸国の内在的希望は、一方において、中国の力に対する何らかの有効な役割を果たしてもらいたいというものではあるが、他方において「力の均衡」の観点から中国と対立することは、周辺国にとって「中国かアメリカか」「中国か日本か」といった選択困難な難題をおしつけることになる。
従って、「抑止」ではなく、むしろ周辺アジア諸国とともに「ヘッジング(備える)」の形で連携ネットワークを強め、周辺アジア諸国との共同アプローチによって東アジア協力の足場を固め、その上で中国との長期的共存を目指した対話の場をつくっていくことが有益ではないか。
日本に期待されているのはそのようなイニシアティヴであり、そのネットワーク構築のパートナーは、韓国・豪州・ASEAN諸国などではないか。
今の日韓関係は国家レベルでは必ずしも芳しいとは言えない。98年の金対中訪日から2000年代前半の「韓流」にいたる良好な雰囲気は、その後、竹島問題、慰安婦問題、徴用工問題等によって明らかに緊張関係は高まっている。最近では、2015年末の慰安婦合意を何らかの形で見直そうとするムンジェイン政権に違和感を覚える国民が多数になっている。
しかし中長期的にはここで述べたように韓国との関係は改善されなければいけないし、韓国世論のデータでは、日韓関係が重要で、改善しなければならないと答えている人も多く存在している。感情論を排した冷静な政策が求められよう。

以上、文責世界問題研究所

報告中の添谷教授
質疑応答の様子
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