研究概要

第1部門 鳥インフルエンザ研究部門(担当:髙桑・藪田)

A型インフルエンザウイルスは水禽類、家禽類などの鳥類、ヒト、ブタ、ウマなどの哺乳類等の多様な宿主に感染する。全ての亜型は自然宿主である水禽類に由来するが、ヒトを含む哺乳類に感染するウイルスの亜型は限られていた。1997年に香港で発生したH5N1亜型鳥インフルエンザは、ヒトへの感染は報告されなくなったものの、現在もアジアを中心に世界的に流行し、国内の養鶏場において発生を繰り返している。さらにH5N1亜型以外の亜型の鳥インフルエンザウイルスのヒトへ感染が確認されている。2013年に発生以降、中国ではH7N9亜型ウイルスにより、少なくとも600名以上が死亡している。また、ヒトに感染性を示す鳥インフルエンザウイルスの亜型が、多数出現してきている。そこで、国内や高病原性鳥インフルエンザの常在国であるベトナムの野鳥が保有している鳥インフルエンザウイルスを調査し、ウイルスの伝播における野鳥の役割を解明する。また、鳥インフルエンザウイルスが哺乳類での増殖性の獲得に関与するウイルスの変異を探索し、今後、出現し得るパンデミックウイルスの予測を目指す。さらに、野鳥によって国内に持ち込まれたウイルスの養鶏場への侵入による被害を抑えるため、防疫に有効な新たな消毒薬を共同研究による開発を目指す。

第2部門 人獣共通感染症研究部門(担当:西野・前田)

ヒトと動物の双方に感染する病原体により引き起こされる人獣共通感染症は、ヒトに重篤な疾患を引き起こすとともに、家畜を含む多くの動物種に重大な疾患を引き起こす。本研究部門では、ボルナウイルス感染症とフラビウイルス感染症について研究を行っている。
ボルナウイルスは、ヒト、家畜、野生動物および愛玩動物に持続的に感染し、神経疾患を引き起こす。ボルナウイルスは、血清疫学調査において、動物では約20%、ヒトでは献血者において数%から抗体が検出されており、特に動物では予想以上に広がっている。感染動物の多くが不顕性感染をしているが、運動障害、行動学的異常、味覚障害などを発症する場合があり、重篤な場合は致死的である。また、ヒトにおいては、リスからの感染、あるいは移植後の感染により、重篤な神経疾患が引き起こされている。そのため、感染動物の発症機序を明らかにすることは動物とヒトにおける本疾病を予防するうえで重要な課題である。
一方、日本脳炎ウイルス(JEV)やデングウイルス(DENV)、ウエストナイルウイルス(WNV)等が引き起こすフラビウイルス感染症では、ウイルスの抗原性が似ているため、感染の鑑別が困難であり、その方法論の開発が急務である。そこで、本研究ではウイルスの中空ウイルス粒子(SvPs、ウイルスの殻の中にゲノムRNAを含まない)やウイルス様粒子(VLP、一度だけ感染するレポーター発現粒子)を用いた、安全で信頼性の高いフラビウイルス感染鑑別法の開発を目指している。また、ウイルスの感染に重要であると考えられているエンベロープ蛋白質(E)蛋白質のドメインⅢを標的とする、抗ウイルス薬の開発を目指している。

第3部門 節足動物媒介感染症部門(担当:前田・染谷)

近年、蚊やマダニ等の節足動物が媒介する感染症が世界的な公衆衛生上の問題となっている。京都市は毎年、数100万人の国内外の観光客が訪れる世界有数の観光都市であり、地球上の様々な地域より節足動物媒介感染症が侵入する危険性がある。これまでの私たちの研究から、京都に生息するマダニが、これまでに日本での報告がなかったウイルスや細菌を保有していることを明らかにした。従来、京都市の環境中に生息していた節足動物や野生動物が未知の病原微生物を有することが明らかとなったことから、本研究の成果を通して、医学・獣医学上のさらなる重要な知見が得られることが期待される。本研究では、これら節足動物が保有する病原微生物を検出・分離する。また、京都市に生息する野生動物における感染状況について疫学的に解析する。

第4部門 感染症制御研究部門(担当:横山)

液胞型プロトンATPase (V-ATPase)と ATP合成酵素 FoF1 は、回転することで働く回転分子モータータンパク質である。V-ATPaseは、ATPを使って小胞内にイオンを輸送し、その酸性化を通して様々な生理現象を担う。たとえば、毒素の活性化や、抗原タンパク質の分解による抗原提示など感染症に関する重要な分子基盤を担っている。FoF1は、ミトコンドリアの内膜、葉緑体のチラコイド膜に存在し、ATP合成酵素として働く。また結核菌などのバクテリアの細胞膜にも存在し、ATP合成することで好気的環境下でのバクテリアの増殖を支える。クライオ電子顕微鏡は、今や構造生物学の主流となり、結晶化が困難で構造解析できない膜タンパク質などの構造を、時には原子分解能近くの精度で見ることを可能にする有力な手法になった。我々は、この技術をいち早くとりいれ、世界に先駆けて V型 ATP合成酵素の回転に伴う構造変化を明らかにした。また、結核菌の FoF1は、抗結核薬の有望な標的分子であり、多剤耐性症化した結核感染症に対する薬剤の創出につながることが期待される。感染症の分子基盤の重要な部分を担う V-ATPase の構造機能の解明、および抗結核剤の創出につながる結核菌 FoF1の構造決定をする目的として研究を進めている。

第5部門 感染症分子研究部門(担当:津下・藪田)

タンパク質の構造は今や生命の基礎理解に必要不可欠なものとなりつつある。タンパク質複合体、特に感染症因子とホストであるヒトのタンパク質の相互作用を見たいと考えている。この基礎研究から将来的には感染症を予防や治癒する新たな創薬の可能性が生まれる。現在以下の研究テーマを軸として研究を進めている。X線結晶構造解析とクライオ電子顕微鏡を主要な手段として用いる。

  1. ADPリボシル化毒素とその標的分子複合体の構造生物学:様々な病原微生物はADPリボシル化毒素(ADPRT)を分泌して、ホストのタンパク質を修飾し、ホストのシグナル伝達系に影響を与える。この反応特異性とその反応機構の詳細を明らかにすべく、様々なADPリボシル化毒素(酵素)とその基質複合体での結晶構造解析を進めている。
  2. 細菌トランスロコンの構造と輸送機構の解明C.perfringensC.difficileが持つバイナリー毒素は上述したアクチンをADPリボシル化する毒素(A成分)とこれを膜内へ輸送する装置(トランスロコン)(B成分)からなる。特にトランスロコンの構造と機能-タンパク質膜透過の仕組みーに焦点を当てた研究を進めている。
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