2026.04.10

若きマエストロの誕生 ドイツ語専攻の学生が京都産業大学 神山交響楽団の学生指揮者に就任しました

京都産業大学はスポーツで有名な大学だと思われているかもしれませんが、学生たちの文化活動も負けず劣らず盛んな大学です。様々なクラブ・サークル活動が行われています。文化活動の中にはもちろん音楽活動もあります。
今回「若きマエストロ」が登場したのは、京都産業大学のオーケストラ、神山交響楽団(Koyama Symphony Orchestra)です。神山交響楽団は毎年2回の定期コンサートの開催を中心に活動しています。6月のサマーコンサートと12月の定期演奏会です。

2025年6月15日(日)の神山交響楽団サマーコンサートで指揮者としてデビューを飾った学生は、外国語学部 ヨーロッパ言語学科 ドイツ語専攻 2年次生の 長島 匠 君です。大きな舞台で初めて指揮をした曲は、J.シベリウスの交響詩「フィンランディア」と、P.チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」でした。緊張と重圧に屈することなく、長島君は見事その大役を無事果たしました。続く12月17日(日)の定期演奏会ではE. エルガーの「威風堂々 第1番」と G. ビゼーの「アルルの女 第二組曲」の2曲に挑み、学生指揮者としての実力を聴衆にアピールし、揺るぎない存在を印象付けました。

長島君は、7歳の頃からヴァイオリンをずっと演奏してきたそうです。しかし、次第にオーケストラの指揮にも興味が湧き、京都産業大学入学後からは独学で指揮の勉強も始めたそうです。コツコツ一人で積み重ねてきたその努力の成果が神山交響楽団での学生指揮者としての活躍であるとすると、2025年12月21日に大阪市で開演された学外クリスマスコンサートでの演奏は、子供の頃から続けてきたヴァイオリンの腕前を披露する演奏家としての舞台だったといえるでしょう。

第15回サマーコンサート(神山ホール)
第27回定期演奏会にて ロビーコンサート(神山ホール)

京都産業大学は、何かを学びたい・もっと知りたいと願う学生すべてにさまざまな機会と可能性を提供する一拠点総合大学です。教室での授業を通じて学ぶことだけではなく、クラブ・サークル活動でも、学部間あるいは学年間の囲いを取り払って学び合える環境を常に生み出し、提供し続けています。

現在、長島君は外国語学部 ヨーロッパ言語学科 ドイツ語専攻でドイツ語やドイツ語圏の文化などを学びながら、自分の音楽にさらに磨きをかけています。その成果は、2026年6月14日(日)に京都産業大学の神山ホールで開催予定のサマーコンサートで、きっと私たちも納得することができるはずです。是非、みなさん自身の目と耳で、神山交響楽団の更なる進化と学生指揮者 長島君の成長を実感してみてください。

今回の記事に合わせ、長島君が自身の思いを綴ってくれました。以下にそれを紹介します。

深まる音楽への探究心(長島 匠)

コンサートにてソロを演奏中

私が京都産業大学のオーケストラで指揮者のポストを賜ったことは、本当に幸運なことでした。私自身音楽が大好きで、音楽を追求したいという情熱もまた強いと感じております。指揮というのはオーケストラの中で最も楽譜を読み込むことが重要な仕事であり、音楽をもっと知りたいと思う私にとってはこの上なくやりがいのある役目なのです。大学でドイツ語を学ぼうと思い立ったのも、実はドイツ語を知ることで音楽に対する理解をより深めたいと考えたからです。

言葉と音楽にどのような繋がりがあるかというと、例えば音符が全て言葉と直結するということです。実際に、父がベルリン・フィルの元首席奏者であるシェレンベルガー氏に師事した際、真っ先に言われたことが「Mozartの音楽は、自分たちの言葉と同じなのです。」ということだったそうです。歌詞のある曲であればよりわかりやすいですが、音符を読みながらドイツ語圏の音楽であればドイツ語の抑揚などに合わせた形に、イタリア語圏の音楽であればイタリア語に合わせた形にして演奏するからです。勿論日本語でもまた然りです。更には方言によっても音色等が変化するので、言葉と音楽との繋がりは非常に奥深い世界です。私はMozartやBeethovenなど、ドイツ語圏のクラシック音楽に魅力を感じ、ドイツ音楽を中心に勉強しているので、更にドイツ音楽の理解を深めるのにドイツ語は必要不可欠だと考えています。

指揮者という役割は、一般的にはオーケストラのリーダーという認識があるかもしれませんが、私は少し違うと思います。指揮者というのは、オーケストラの楽団員を仲介する役割であると考えています。オーケストラというものは元々ヴァイオリン2本とヴィオラ、チェロによる弦楽四重奏です。そこに各楽器の人数が増えることによって今のオーケストラの形となります。故に本来オーケストラには指揮者はいなかったのです。しかしながら奏者が増えれば増えるほど、個々の持っている音楽性が対立するなどの問題が生じてきます。それらを統一するのが指揮者の役割です。これに加えて楽団員の演奏に対して客観的な意見を与え、稽古をつけるという仕事もあります。この仕事をこなすために、指揮者は常に奏者よりも楽譜をしっかり読まなければなりません。言葉でうまく表現することは難しいことですが、楽譜を読む際には楽譜の裏に隠された「音楽家(作曲家)の意図」が、必然的に指揮者のフィルターを通して出てきます。そのフィルターは、指揮者自らがたくさんの作品に触れて磨きをかけ、造詣を深めていくことによってよりきめ細かいものになっていき、聴衆にさらに良いものを伝えることができるようになると私は考えているのです。
その際大変なのは、オーケストラのリハーサルをする時です。リハーサルでは、各奏者から良い可能性を引き出しながら練習を進めていく必要があります。そこでは常に、いかなる人にとってもわかりやすい指揮と説明が求められます。何故なら、オーケストラに対して音楽の流れという必然が生まれるまで納得してもらう作業が必要になるからです。この作業というのは、言葉だけではなく、指揮棒の振り方や顔の表情等々、全身全霊で各奏者とコミュニケーションをとることによって、奏者一人一人の持つ音楽性を引き出し、さらに良いものを構築していき、その作曲家の求める曲により近づけていくことです。これは事前に楽譜を読み込むだけでは準備できない部分であり、毎回のリハーサルでオーケストラの反応を見ながら試していき、指揮者と奏者のお互いが演奏をより良いものにするために尽力しています。故にこのリハーサルの時間で、より良い本番になるようにという想いで進めています。

そのような想いを持ちながら、どれだけ準備をして演奏会に臨んだとしても、私はどの演奏会でも舞台裏では吐きそうになるほどの緊張に襲われます。私が京都産業大学の神山交響楽団における演奏会で指揮を務めた際も同じでした。指揮者として初めて演奏会に臨んだ時、舞台袖で私のヴァイオリンの恩師である林 靖子先生(ヴァイオリニスト/東京藝術大学を経て、現在のウィーン国立音楽大学の前身であるウィーン音楽アカデミーを卒業)が„Toi toi toi!“と胸を叩いてくださったのです。これはドイツ語で「きっと上手くいくよ」という励ましの言葉で、その言葉に勇気を貰い、とにかく一生懸命頑張ろうという気持ちになれました。それから今日に至るまで、私自身が楽器を使って演奏する場合でも、指揮をする場合でも、ある演奏に関して、練習の時に自分の演奏のことを考え、演奏後にはすぐ検証してフィードバック、修正するという試行錯誤の日々を送っています。

私は音楽とは「誰に対しても幸せを与えるものである」と考えているのですが、これは高望みであるという苦しみも併せ持っています。音楽は人が作るものなので、単純に弾く、聴く、ということでは済まされず、自分の演奏に傲慢になってしまうこと、他人の演奏に嫉妬してしまうことなどがあります。しかし少なくとも私自身はどれだけ小さな演奏会でも、1つ1つの演奏を大切にしたいと思います。
ここまで長々と書きましたが、結論として私が指揮を勉強する理由は、オーケストラのメンバーと音楽の魅力を共有し、演奏会で緊張感や高揚感を楽しみながら、仲間と一緒に舞台に上がる喜びを感じたいからです。京都産業大学のオーケストラでもそのような喜びを感じられる演奏会をしたいと考えています。

最後になりますが、京都産業大学 神山交響楽団では次回6月14日に行われる演奏会、「第16回サマーコンサート」に向けて準備を進めています。会場は京都産業大学に併設されている神山ホールです。今回のプログラムでは普段あまり取り上げられることの少ない「ドヴォルジャーク交響曲第1番 ズロニツェの鐘」を演奏します。ドヴォルジャークの初期の作品なのですが、初々しさがありつつもドヴォルジャークの魅力が全面的に表れた作品となっております。皆様のご来場を心よりお待ちしております。

(写真撮影:ドイツ語専攻 落合 亮太 写真提供:長島 匠)

京都産業大学 文化団体連盟構成クラブ

神山交響楽団(Koyama Symphony Orchestra)

KYOTO産大ニュース[6/11] (長島さん出演)

神山交響楽団 第15回サマーコンサート