社会安全・警察学研究所では、令和8年3月4日、京都ガーデンパレスにおいて、田村正博所長退職記念シンポジウム「田村正博理論の総括と継承」を開催しました。会場で50名ほど、オンラインで60名ほどの参加者がありました。
シンポジウムの第1部では、米田雅宏氏(北海道大学教授・行政法)、小山剛氏(慶應義塾大学教授・憲法)、小林良樹氏(明治大学特任教授・政治学、元高知県警察本部長)の3氏に、田村理論の要点をまとめた上で、評価と批判を示していただきました。
米田氏はまず、「警察権の限界」論の放逐に始まる田村警察法学がこれまで国民の目から見えなかった問題の「オープン化」をめざすものであったと評価されました。次いで米田氏は、田村が警察権限行使の指導理念として犯罪被害者の保護・救済を基本とする権限行使の三面的理解を提唱したことと関連付けて、田村の「個人保護型捜査」論を、この理解を一定範囲の犯罪捜査のあり方について具体化したものと位置づけられました。そのうえで米田氏は、個人保護型捜査においては警察による逮捕権行使の必要性判断に本来他の専門機関(児相等)が判断すべき要素が持ち込まれる可能性があると指摘し、個人保護型捜査論は刑事訴訟法上の逮捕権が事案の解決に必ずしもふさわしいものではなく、より適切な警察権限を立法により創設することの必要性を示唆するのではないか、と述べられました。
小山氏は、田村が警察による個人情報の取得・保存・使用の統制の必要性をくり返し論じてきたことは極めて的確な問題意識に基づくと評価される一方で、田村がその統制のあり方の方向性として公安委員会によるルールの定立とその適用の監視という方向性を打ち出したことに対しては、DNA型等抹消請求事件の名古屋高裁判決を援用して批判されました。すなわち、警察による個人情報の活用には、法律による適切な授権が必要であり、その立法の際の利益衡量にあたっては、市民的自由に対する萎縮効果をより重視するとともに、警察官が権限行使に萎縮しないように配慮する必要がある、と論じられました。
小林氏は、まず、日本における公安委員会制度の研究が低調であったのに対し、アメリカでは警察の管理についての理論的把握の枠組みとして、(1)市民監視概念(1940-60年代)、(2)アカウンタビリティー理論(70-90年代)、(3)正統性理論(90年代以降)、(4)多元的・包括的ポリス・ガバナンス論(2010年代以降)と多様な議論が展開されてきた、と紹介されました。小林氏は次に、田村の公安委員会制度論の特徴として、国民主権を中心的概念とし、公安委員会を国民の意思を警察の組織運営・活動に反映させるための主要なメカニズムと位置づけて民主的統制機能を重視するとともに、警察は国民からの支持・納得(≒正統性)を得るためにさまざまなやり方で説明をする必要がある、と述べる点に注目され、田村理論はアメリカにおけるアカウンタビリティー論、正統性論、ガバナンス論に通じる革新的なものである、と評価されました。最後に、近年の警察の不祥事や国のインテリジェンス機能強化の動向に関連して公安委員会の統制機能に懐疑的な論調が強まっているなかで、公安委員会制度については、将来の運用の見直しや制度改革に備えた論点整理が必要があるし、理論的には、公安委員会等の監督組織のあり方論を超えて、より包括的な「警察組織のガバナンス論」の体系化をめざす必要がある、と指摘されました。
シンポジウムの第2部ではまず、これらの批判に対して、田村が応答しました。田村は、3氏の批判で取りあげられた論点は、いずれも公安委員会の管理機能が焦点となっていると指摘しました。すなわち、(1)起訴を前提としない個人保護型捜査には検察官による統制が及びにくく、逮捕権の濫用防止には公安委員会の統制が極めて重要であること、(2)警察における個人情報保護について法制度の整備が行われていない中では、公安委員会を中心とする警察内部での統制強化の努力も欠かせないこと、(3)公安委員会をとりまく情勢は厳しいが、安易な公安委員会無意味論に与するべきでなく、公安委員会の非専門性を理由とする「公安委員会の管理の限界」論を放逐すべきであること、公安委員会の管理の充実のために、専門家・研究者は適切な事例を集めて議論の素材を提供するとともに、公安委員会に警察管理の本来の権限と責任があることを社会に対して指摘し続けるべきである、と述べました。
次いで、田村理論を当研究所が継承していく方向性を示すものとして、浦中千佳央所員が「警察に対する民主的統制の再活性化と実質化」について、新恵里所員が「警察の犯罪被害者支援政策の軌跡」について報告をし、最後に、参加者からの質問・コメントに田村が答えました。
当研究所は、田村所長が退任して、来年度から新たな体制となります。田村所長が築いた基礎の上にさらに研究を進展させていく所存ですので、これまでと変わらぬご支援・ご協力とご指導をお願い申し上げます。
