2026.01.07

ヨーロッパの中心に位置するチェコ共和国、駐日チェコ大使が語る日本との100年にわたる関係とこれから

12月18日に、「駐日チェコ共和国大使講演会」が、国際関係学部専門科目、「国際経営論Ⅱ」(担当:植原 行洋教授)の授業の一環として行われました。今回マルチン・クルチャル大使閣下にお越しいただき、チェコ共和国の歴史や経済、そして同国と日本の国際関係について、英語にてご講演いただきました。

(学生ライター国際関係学部4年次 樋上智大)

はじめにクルチャル大使閣下より、チェコは「ヨーロッパの中心」と呼ばれる理由を話されました。海に面していない内陸国である同国は、東西南北へのアクセスの良さから、欧州の十字路として重要な位置を占めていました。また人口は約1000万人と東京都より少なく、面積は北海道と同じほどになるそうです。

次にチェコの歴史について紹介いただきました。チェコの歴史は古く、約2万5千年前の南モラビア地方の先住民の定着にまで遡る長い歴史があります。ボヘミア王国からハプスブルク帝国時代などを経て第一次世界大戦後にチェコスロバキアとして独立を果たしたものの、一時的にナチス・ドイツに領土の一部を占領され、第二次世界大戦後には共産党によるクーデターを経て社会主義体制となりました。その後は、1989年に民主化を達成し、1993年にはスロバキアとの分離を経て、現在のチェコ共和国が誕生しました。
大使はこうした苦難の独立をなし得た歴史背景があるからこそ、チェコにとって安全保障や民主主義、資本主義、法の支配の観点からNATOとEUへの加入は不可欠であると話されました。

日本とチェコの関係は明治時代にまで遡ります。大使が紹介されていたのは、オーストリア・ハンガリー帝国の外交官と日本人女性のロマンスです。両人の間に生まれたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーはパン・ヨーロッパ運動によりEUの礎を築いた人物と紹介してくれました。また、第二次世界大戦後、チェコと日本の国交が回復した後、1970年の大阪万博に当時のチェコスロバキアはパビリオンを構え、日本におけるチェコ文化の認知度を飛躍的に高めました。現在でもプラハと京都市など計3組の姉妹都市提携が締結されており、大使が大相撲の力士優勝のチェコ杯のトロフィーを授与するなど、文化面でも強力な関係を築いています。

また経済面においても日本とチェコは強力な関係があると大使は話されました。2019年に日本とEU間にEPA(経済連携協定)が締結された後、両国の貿易額は現在でも向上しています。特にビールの製造に使用されるポップの生産量の多くを日本に輸出しており、日本の大手ビールメーカーもチェコから輸入したホップを使用しています。また現在、日本企業273社がチェコへ進出しており、その投資額は27億ユーロに上ります。
これまでチェコへの進出は安価な労働力や地理的な理由から製造業拠点として優位性があり、EU市場の玄関口ということが主な進出理由でしたが、現在ではR&Dの拠点や、半導体、AI、宇宙産業といった、チェコが力を入れている最先端分野でも日本とチェコの企業間協力が進んでいます。

また2020年代、チェコは他国の影響をたくさん受けた時代だと大使は話しました。特にロシアによるウクライナ侵攻はチェコにも多くの影響を与えました。1つ目は難民支援です。同国は約40万人ものウクライナ難民を受け入れました。ウクライナ難民の多くがチェコの労働市場に貢献しています。またエネルギー安全保障に関しても、ロシアに依存していたガスや石油の輸入を減少させ、脱ロシア化を図っています。

質疑応答では、「日本で受けたカルチャーショックは?」という学生からの質問に対して、大使が靴を脱ぐ習慣や電車内での静けさを挙げました。また、自身の経験を振り返り、「1997年に初めて日本に来た時、携帯電話の小ささやソニーの技術であるウォークマンに衝撃を受けた」と日本の技術力の素晴らしさを語ってくれました。

最後に大使は学生たちに向け、「予測不可能な世界において平和な世界を築くことは簡単ではない。この世界の中で平和な世界を築くことは外交官の仕事であると同時に、これから社会に出る君たちの仕事でもある」と熱いメッセージを我々に残してくれました。

本講義に先駆け、国際関係学部のマコーマック学部長と大使の面談が行われ、両国の留学生の交流や今後の連携について意見交換しました。