2025.06.24

実務家から学ぶ「事業承継M&A」──経営戦略の理論と実務の両面からの学びを実感

京都産業大学経営学部では、各界の第一線で活躍する実務家のゲストを招いた特別講義を数多く実施しており、学生が授業とは異なる視点や刺激を得られる貴重な機会となっています。

今回は、森口 文博助教が担当する「経営戦略論(全社戦略)」の講義において、株式会社COMBIAI代表取締役の竹内 健太氏をゲストスピーカーに迎え、「事業承継M&A」をテーマに特別講義が行われました。

全社戦略と事業承継M&Aの実践

全社戦略とは、企業全体のビジョンや長期的な成長方針を明確にし、複数の事業に対して経営資源をどのように配分するかを判断することで、企業全体の競争力強化と持続的な発展を目指す戦略です。

竹内氏は、自身が2023年に創業した株式会社COMBIAIの事例をもとに、同社が2024年8月に実施した株式会社ことぶきの事業承継M&Aについて紹介しました。

「株式会社ことぶき」の承継ストーリー

まず、日本における事業承継の現状と課題について説明されました。高齢化が進む社会の中で、後継者不在に悩む中小企業が多く、現在、経営者の平均年齢が60歳を超えて過去最高となっている現実を紹介しました。

その上で、竹内氏が承継した「株式会社ことぶき」の事例を紹介されました。創業者である内海 壽子氏は、看護師として約50年のキャリアを持ち、68歳で訪問看護事業を立ち上げた情熱的な人物です。しかし、経営面では多くの課題を抱えていました。

竹内氏は、かつて事業承継M&Aのプラットフォームを立ち上げた経験があり、事業承継の手段としてのM&Aの有効性について熟知していました。M&A仲介会社を通じて内海氏と出会った竹内氏は、面談を重ねる中で、内海氏の理念に共感し、訪問看護ステーションが地域で担う役割について理解を深めました。そして、M&Aの相談があったわずか3日後に承継の意思を固め、3ヵ月という短期間で買収手続きを完了させました。

ビジネスの知見を持つ竹内氏と訪問看護の専門性を持つ内海氏が互いに補完し合う形で、スピーディーかつ円滑な事業承継が実現した瞬間でした。

また竹内氏は、株式会社ことぶきの経営を承継した9か月後に、今度は精神看護に特化した訪問看護事業を営む子会社を新たに立ち上げたエピソードを紹介されました。これは、経営学の用語で説明すると「既存事業で培ったノウハウを活かし、『範囲の経済』※1の効果を享受することを目的とした関連多角化※2」の事例とも言えます。事業運営を通じて得た知識や経験を活かして、隣接する分野に事業を広げることで、会社全体の管理や運営がより円滑になり、生産性向上を目指すことが出来ます。

用語の補足
※1範囲の経済(スコープの経済):同じ会社が複数の事業を一緒に行うことで、トータルでのコストを抑えたり効率を上げたりできること。

※2関連多角化:既存の事業と関係のある分野に進出すること。

森口助教による「経営戦略論(全社戦略)」のこれまでの講義内容ともリンクする話で、学生たちは理論と実務のつながりを実感しながら理解を深めている様子でした。

森口助教の講義資料の一部

理論と実務の往復が学びを深める

「普段は教室で経営理論を学んでいますが、それが本当に役に立つのか疑問に思うことがあります。実務家の立場から見て、座学の意義をどう考えますか?」という学生の質問に対して竹内氏は、「経営理論を学んだからといって必ず成功するわけではありませんが、例えば経営理論の学習を通じてありがちな失敗パターンを学び、これを避けるよう努めることで結果的に現実のビジネスにおける成功確率を高められると思います」と回答されました。また、森口助教は、「みなさんは今後、不確実な状況に直面し、迷いや不安を感じることがあるでしょう。そのときに『あのとき学んだ理論や事例に似ているな』と気づき、応用できると、不安は軽くなります。理論は実務に活かすためにあり、実務からまた理論が生まれる。この往復が学びを深めていきます」と補足しました。

上記の他、多くの質問が寄せられ、竹内氏の実体験に基づく講演は、学生たちの心を大きく揺さぶる貴重な学びの機会となりました。

学生の感想

  • 最初にM&Aの話と聞いていたので、企業間の争いのことかと思っていた。 実際は平和的で協力的な、M&Aによる事業継承というお話だった。私の想像するM&Aは、企業が乗っ取られ、事業のなくなるイメージだった。しかし、今回の話は、事業もそのまま吸収合併し、事業を継承するということだった。 竹内氏は、株式会社ことぶきの内海氏との関わりで、感銘を受けてM&Aを決めたと仰っていた。 内海氏から受け継いだ想いを胸に努力を続ける竹内氏に、私も感銘を受けた。
  • 事業承継は難しいイメージがありますが、成功すれば、会社を大きく変えることもでき、可能性が広がるので良い機会として捉えることができました。雇用の受け皿になることで地域に貢献できるという点に関して、企業の社会的責任の面でも重要なことであり、会社を担っていくなかで地域貢献の重要性を改めて感じることができました。「manage=何とかする」という言葉が印象に残っており、これから経営を学んでいく中で、今日学んだことが結びついてくると思い、考える幅が拡がるなと感じました。