遺伝子と歴史書を読み解き京野菜のルーツを解明

遺伝子と歴史書を読み解き 京野菜のルーツを解明

もともとはごく典型的な遺伝学の研究として始まった

—2021年、木村先生は遺伝子解析と歴史書の解読を組み合わせて伝統的な京野菜である壬生菜のルーツを探る研究論文を発表されました。歴史学とのコラボレーションは生命科学の新しい可能性を示すとともに、異分野融合で新たな生命科学の創成を目指す産業生命科学科のコンセプトとも合致します。しかしながら、この異色なプロジェクトのはじまりは、ごく普通の生命科学研究であったと聞いています。生命科学がなぜ歴史学と出会い、融合したのか、お聞かせいただけますか。

私は2010年に京都産業大学に赴任しました。それまではアメリカでトマトの葉の形について研究をしていましたが、せっかく京都に来るということで、京野菜に着目しました。中でも研究対象としたのは、壬生地方発祥のミブナです。ミブナはミズナをルーツとする野菜ですが、ミズナとは葉の形が大きく異なります。ミズナはギザギザの葉、ミブナは丸い葉を持っており、いつ何がきっかけで分岐したのかは未解明でした。近縁でありながら葉の形だけが違うというのが、研究対象として興味深く、ミブナとミズナにターゲットを定めました。

—木村先生自身がもともと携わっていた葉の形の研究に、京都らしさを取り入れて始まったのですね。ミブナはミズナから派生した品種で遺伝子構成も似通っているため、比較検討はたやすく、研究はスムーズに進むかと思われたそうですが、実際はどうだったのでしょうか。

高校でも習うメンデルの遺伝の法則に則れば、ミズナとミブナを交配させることで、丸い葉とギザギザの葉、どちらかが顕性(優性)形質であるかを見極めることができるはずです。ただ、この方法はうまくいきませんでした。交配させた結果できた世代(F1世代)の葉は、予想に反して丸とギザギザの中間のような見た目でした。また、このF1世代の個体同士を掛け合わせて得られた次の世代(F2世代)では、葉の形が丸いものからギザギザのものまでさまざまな形のものが生じました。これらの結果は、ミズナからミブナの葉の形の変化には、1つではなく複数の遺伝子が関わっていることを示唆しています。さらにQTL解析という遺伝子解析を続けた結果、少なくとも4つの遺伝子が葉の形の決定に関わっていることが判明しました。つまり、解析は思いのほか困難であることが分かってきたのです。

研究の行き詰まりを打開するきっかけは古文書に描かれた図版にあった

—生命科学の研究者の多くは、この結論が出た時点で研究を終えてしまうと思います。しかし、木村先生にとっては、ここが研究のスタートだったのですね。研究は古文書の解読を通して思わぬ方向へと展開したそうですが、詳しく教えていただけますか。

もともと、ミブナの情報収集をする段階で多くの古文書を参照していました。ミブナという名称が初めて登場するのは1787年に刊行された『拾遺都名所図会(しゅういみやこめいしょずえ)』ですが、ここで描かれたミブナは葉がギザギザです。一方で、1873年に刊行された『日本産物誌』には「ミブナの葉に欠刻なし」と記されています。つまり、この約100年の間にミブナの葉が丸くなったことになります。これまでの有力説は、ミズナの遺伝子突然変異によってミブナが生まれたというものでしたが、4つの遺伝子が100年弱ですべて突然変異するとは考えにくい。この矛盾に気がついたことが、歴史書解読と生命科学が結びつくきっかけでした。遺伝子突然変異が原因でない場合、遺伝子が変化して葉の形が変わる要因として考えられるのは他の植物との交配です。そこで改めて歴史書を見返していると、1850年頃に刊行された『植物図説雑纂』で描かれたミブナが、カブのような胚軸を持っているのを発見。カブ類との交配が葉の形の変化に影響しているのではないかという仮説に至りました。再び生命科学の研究に戻り、カブのDNAを調べたところ、紫姫という品種のカブがミブナと同じ遺伝子を有していることがわかりました。今から200年ほど前にカブとミブナが交配し、現在の丸い葉のミブナが誕生したということが明らかになったのです。

—歴史書を手掛かりに生命科学の研究課題を紐解く。歴史書の解読などは生命科学のフィールドにいる研究者にとってはハードルが高いように思われますが、実際はどうだったのでしょうか。

歴史書の解読は、楽しんでワクワクしながらやっていました。歴史学の研究手法などはわからないので、こだわりなく自由に研究することができたと思います。最も苦労したのは、私が専門としている研究の方でした。ミズナやミブナは進化発生学の研究においてメジャーな植物ではありません。交配や遺伝子解析などにおいて、新しい材料を使うということで、下準備にも時間を要し苦労しました。また、カブ類のどの種がミブナと交配したのかを突き止めるため、8種類のカブのDNAを解析したのですが、それぞれのゲノム情報を調べて、ミブナと比較する作業は大変なものでした。京都産業大学は、最新型のDNA配列解読機器である次世代シーケンサーを複数台導入しています。普通は8種類もの植物のゲノム情報をすべて読むのはなかなかできないので、その点、京都産業大学の研究環境には助けられたと思います。

好奇心に駆られて研究することが異分野との出会いにつながる

—木村先生は、歴史学と最先端の生命科学を組み合わせ、一つの謎を解明されました。分野横断的な研究・教育は「文理融合」「総合知」「学際性」などのキーワードとともに重視される傾向にありますね。

分野を超えた教育・研究の重要性は知っていたのですが、私自身、研究をしているときに異分野融合を強く意識していたわけではありません。研究者として、目の前にある謎を追求していく中で、歴史書の解読が重要な手掛かりになっていました。ただ、振り返って考えてみると、学問の枠や研究の作法に囚われず、オープンマインドで疑問に向き合ったことが今回の発見につながったのだと思います。

—今回の研究は、異分野融合という意味でも、社会と生命科学のつながりを模索する産業生命科学科のコンセプトに合致しています。最後に産業生命科学科を志望する高校生に伝えたいことはありますか。

産業生命科学科の大きな特徴のひとつは、課題先行で学問を学ぶPBLという方法を取り入れている点です。本学科では、社会課題に対して生命科学で何ができるのかということを考えます。例えば、私の担当するPBLの授業では、手入れが行き届いておらず、利用されなくなった小学校のビオトープの活用計画を考えるなど、実際の社会課題を解決する過程で生命科学の学びを深めるという授業を展開しています。本来、学問という枠組みの中で研究・教育されてきた生命科学が、社会とのつながりを模索する時代が来ています。歴史とは「生命」の歴史であり、社会は「生命」が形づくります。歴史学や社会において行き詰まった課題を生命科学だからこそ紐解くことができるのだと私は思います。生命科学だけでなく、社会課題の解決に関心がある方にも来ていただきたいです。

おわりに

今回、木村教授が行った異分野融合的な研究は、はじめから意図されたものではなく、好奇心とオープンマインドが生み出したものであった。この木村教授の取り組みは、生命科学の高度な知識・技術をベースにしつつ、そこに、従来の研究スタイルに囚われない柔軟な発想が組み合わさることで、生命科学の可能性がさらに拡がることを示している。産業生命科学科は、生命科学に軸足をおきながら、学術分野を横断し、社会課題の解決に繋げることのできる柔軟な人材を育成することを目指している。

 
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