「大阪都構想」住民投票の敗因分析

再び否決された「大阪都構想」

2020(令和2)年11月1日に実施された「大阪都構想」の2回目の住民投票は、賛成67万5829票(49.37%)、反対69万2996票(50.63%)という僅差で再度否決されました(表1)。

結果だけを見ると、2015年5月の第1回住民投票での否決の巻き返しを図った推進派である大阪維新の会にとって、政治的致命傷となる再度の敗北です。しかし、私は、実質的には、前回に続き限りなく大阪維新の会の「勝利」ともいえる「大善戦」であったと見ています。なぜなら、この住民投票は、賛成派にとっては極めて大きなハンディキャップが課されており、この大きなハンデの下で、またしても賛否ほぼ拮抗した数字を残しているからです。

敗因その1:選挙人団の設定

いったいどんなハンデかというと、住民投票の選挙権者が「大阪都構想」の成立によって不利益をこうむる大阪市民に限定されており、「大阪都構想」の成立によって利益を得る大阪府内の他の市町村の住民、つまり大阪府民ではない点です。大都市制度の特例を定める住民投票において、選挙権を持つ人たち(選挙人団)をどう設定するかは、戦わずして勝敗が決まるほど非常に大きな論点です。それは、現在の「政令指定都市」制度の成り立ちにも表れています。

政令指定都市はその名の通り、一般市から大都市制度に移行することを、「政令」が定めるのです。こういう重要な自治制度上の変更を国会が定める「法律」ではなく、それよりも形式的に軽い簡便な立法である内閣が定める「政令」という行政命令で行うのは、過去に住民投票の選挙人団を誰にするのかについて、大都市の市民のみとするのか、大都市を包括する道府県民とするのかという点で、大いにもめた経緯があったからです。

どういうことかというと、戦後制定された日本国憲法は第95条において、地方自治体の自治権を強化して国からの不当な干渉を受けないようにすることを目的として、特定の地方公共団体だけに適用される特別法(いわゆる「地方特別法」)は、その「地方公共団体の住民による投票(いわゆる「住民投票」)においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」と定めています。

これは地方自治を守るために国権の最高機関である国会でさえも、特定の地方自治体を狙い撃ちしにして不利益を課す立法を、住民の同意なしでは制定できないという重要な原則を定めたものです。戦後、日本国憲法と同時に制定された地方自治法の中で、大都市自治体のみの特例制度である「特別市制度」(大都市に府県並みの権限を与えるという政令指定都市制度の前身のような制度)を作る際に、これを地方自治特別法として、そこでの住民投票の選挙人団を「大都市住民」とするか、「道府県民」とするかで大都市側と道府県側が激しく対立しました。

特別市とは、いわば大都市を道府県から独立させるような制度であり、大都市側から見れば、道府県からの余計な干渉や監督を免れることができるので、多くの住民が賛成に回るはずです。道府県から見ると、大都市が独立すると残る地域は地域的にも財政的にも抜け殻のようになるので、多くの住民が反対に回るのは明らかでした。ですので、住民投票を大都市住民のみで行うのか道府県の住民全体で行うのかは、投票の結果を左右する重要な問題でした。そのため、この問題の扱いをめぐって、大都市(特別市に賛成)側と道府県(特別市に反対)側が対立して決着がつかなくなりました。こうした歴史的教訓を背景として昭和30年代に「特別市制度」に替わる大都市制度案として「政令指定都市制度」を導入する際には、住民投票を実施しなくても憲法第95条に抵触しないように、「法律」ではなく「政令」で大都市の特例制度への移行を定めるというウルトラC的な解決策がとられたのです。

このように、「住民投票の選挙人団を誰にするのか」という問題は大都市制度設計上の要となる重要な論点なのですが、大阪都構想の根拠となっている法律(「大都市地域における特別区の設置に関する法律(平成24年法律第80号)」、以下「大阪都設置法」ではなく、慣例に従い「特別区設置法」と略す)第7条第1項では、立法技術的にごく自然の流れとして、何の違和感も感じさせず当然の如くに「関係市町村」(大都市側)の住民投票と規定されています(法学を勉強している皆さんは、是非この短い法律の全文を読んでみてください)。つまり、住民投票の選挙人団は「道府県民」ではなく、さりげなく自然な形で「大都市住民」ということにされています。そこに見られるのは、稚拙な立法例が目立つ議員立法の中では珍しく、思わず膝を打ちたくなるほどの練達したプロの立法技術です(ちなみに、特別区設置法も議員立法です。)。

敗因その2:住民投票の争点転換

特別区設置法の真の起草者が誰なのかは、一般には知られていませんので、ここでは仮に「ミスターX氏」と呼んでおきましょう。大阪維新の会が提唱した、大阪都構想の本来の目的は、大阪の大都市機能の強化であり大阪府を大阪都とすることで、広域行政自治体としての「大阪府の権限・財源の強化」にあったことは明白です。しかし住民投票の争点は、「大阪市の廃止の是非」あるいは「特別区設置による大都市内部の地域自治の強化」などといったものとなってしまいました。大阪維新の会が提唱した、強い広域行政体としての「大阪都」実現の是非という本来の目的とは全く無関係な論点に、転換されてしまったのです。そのカラクリの詳細は後程述べますが、これも「ミスターX氏」の故意か過失かはわかりませんが、特別区設置法の立法内容が、大阪市は廃止する一方で大阪府の「大阪都」への名称変更を可能とする規定を欠くなどの、都構想推進派の意図を反映した立法となっていなかった点に、その原因があります。

敗因その3:地名という地域共同体のシンボル消滅の想定以上のインパクトの大きさ

また、住民投票の投票結果で特に興味深かったのは、区名による差です。例えばテレビ局が行った住民投票後の市民への街頭インタビューなどでは、東住吉区や平野区などの現在の行政区の区名が、4つの特別区(北区、中央区、淀川区、天王寺区)に吸収されて消滅することに対して、これらの区民からの嫌悪感が示されていました。実際に区名が消滅する区(20区)では、区名が特別区の区名として残る区(4区)よりも住民投票で反対多数となった区が多数となっていました(表2)。

表2のデータをχ(カイ)二乗検定という統計学的手法で検証してみると、「区名が残る区」か「区名が消滅する区」かのどちらの区であるかが、反対票が賛成表を上回る区であるかかどうか、について有意水準5%で有意に影響があったといえます。

区議会がなくまた、区長も選挙で選ばれることがないなど、地方制度的には住民による自治的要素が全くない行政区でさえ、一定期間「名前」を共有するだけで、ある種の地域愛や共同体意識が醸成されていたのだといえるでしょう。ましてや日本有数の歴史と伝統のある自治体である大阪市の廃止となれば、これに反対しない住民はまず考えられないでしょう。

敗因その4:住民投票に勝っても「大阪都」にならないという大衆的なイメージ操作

一方、大阪市廃止と引き換えに代償として得られるはずの「大阪府から大阪都」への「昇格」(名称変更)については、特別区設置法は、第10条に「特別区を包括する道府県は、地方自治法その他の法令の規定の適用については、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、都とみなす。」(下線筆者)という、いわゆる「みなし規定」を置き、素人目には一見、「昇格」させるかのような素振りを見せています。

人口規模に違いがある「市町村」(市は人口5万人以上、町は府県条例で定める人口基準(京都府では5千人以上)が要件です。)では、「村」から「町」、さらには「市」への変化は自治体の「格」の「昇格」と考えられ、市町村合併を促進する大きな動機になっていましたが、それとは異なり「都道府県」は基本的に人口規模による区別ではありませんので「府」から「都」への変化を「昇格」と考えるのは、大阪都構想推進派などの一部の人の根拠のない幻想にすぎません。「都」という名称は、保守派の政治家が主張するような「首都」の意味ではなく「都会」といった程度の意味にすぎないとも解釈される一方、逆に「府」は慣用的に枢要な官署名や都市名に冠される、より格式の高い名称ですので(ちなみに、東京都も都になる以前の呼称は「東京府」でした。)、大阪府から大阪都への名称変更が「昇格」といえるのかは大いに疑問でしょう。

その一方で、都道府県名の変更には地方自治法第3条2項が「都道府県の名称を変更しようとするときは、法律でこれを定める」という規定を置いているので、この「みなし規定」のみでは「大阪都」と名乗ることができません。「ミスターX氏」であれば簡単にできたはずの「名称変更」の規定**をあえて置かずに、住民投票で大阪府が「大阪都」に「昇格」することを名称変更によって住民に可視化する手立てが封じられています。

**たとえば、特別区設置法第10条に第2項を設けて、「第10条第2項 前項の特別区を包括する道府県は、地方自治法第3条第2項の規定にかかわらず、条例をもって都とみなされる道府県であることを示すのにふさわしい名称に変更することができる。この場合には、地方自治法第3条第6項乃至第7項を準用する。」などと簡単に規定すれば済んだはずです。

しかし、元々、組織や団体の命名権はその構成員や設置者が固有に有するもの(自治体の場合は固有の自治権の内容である)と考えられますし、また、特別区設置法第10条で、関係諸法についての改正(読み替え)の処理が一括してなされており、法制上の問題や混乱は存在しないので、住民投票後に大阪府が、「大阪都」なり、「大阪特別区府」なり、「大阪新府」なり民意に基づいて好きな名称を勝手に「自称」すれば良かったただけのことで、「名称変更規定の不在」をもって、特別区設置法の不備とみる必要さえないとも思われます。責められるべきは、民意ではなく国の作る法律の規定に呪縛された大阪維新の会の「大阪都」実現への地域政党としての覚悟のなさではなかったでしょうか。

この手練手管に長けた思わせぶりな規定の仕方も、老練なプロの立法技術と思わず唸らされるものがあります。知識経験のある者が素人衆を相手に取るこうした意地悪な態度を京都では「いけず」といいますが、「ミスターX氏」のこの「いけず」な立法によって、「大阪都構想」は、大阪府を「都にする」ものではなく単に「大阪市を廃止する」だけの「看板に偽りのある構想」であるという、一部の学者や反対派からの強力なネガティブキャンペーンの根拠となり、推進派にとって決定的な敗因となりました。

換言すれば、都制によって大阪を東京と並ぶ副「首都」とするという根拠のない大衆的なイメージ操作によって膨れ上がった大阪都構想は、皮肉にも、反対派からの大衆的なイメージ操作の反撃によって潰え去ったのです。特別区設置法はその反撃の根拠を提供しました。
ここで住民投票での反対派の勝利の最大の功労者ともいえる「ミスターX氏」とは一体が誰であったのかを、推理ドラマなどでよく使われるプロファイリングの手法で推理してみたいと思います。

議員立法では内閣提出法案(閣法)と異なり、立法過程で審議会を置くなどのケースは稀であるので、立法過程が不透明であることが多いからです。大阪維新の会には、国会議員はもとより弁護士などの法曹関係者も多く在籍していますが、特別区設置法の制定後に、大阪維新の会や橋下徹氏自身が、この法律が大阪府の大阪都への名称変更を可能にするものではないという欠陥を自ら認め、住民投票後の法整備を公言していたことから考えると、特別区設置法の制定過程に大阪維新の会の関係者(少なくとも会の幹部に近い関係者)が深く関与したとは到底思えません。そうであるなら、法律の制定過程で、この問題に気づいて、対処していたと思われるからです。したがって、大阪維新の会の関係者(少なくとも会の幹部に近い関係者)は「ミスターX氏」の候補からは除外されるでしょう。

また、「ミスターX氏」に顕著な特徴は、法律の立法作業に熟練していることです。良く知られているように、日本では議員立法はほとんど行われず、大半の法案は官僚主導の内閣提出法案(閣法)です。各省庁では、所管する法律について、キャリア官僚(「国家公務員採用総合職試験」に合格して採用される国家公務員をいい、将来各省庁の幹部になるキャリアが開かれています)の中でも選りすぐりの優秀なエリート官僚が、各省庁の大臣官房法制課での勤務や内閣法制局への出向などを通じて、法案の作成や審査にあたり、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=実地での訓練)で立法技術に磨きをかける慣習になっています。

特別区設置法の所管省庁は総務省であり、また「ミスターX氏」は、上記のような「いけず」な姿勢や住民投票の選挙人団の設定に見られるように、大阪都構想の成立に対しては余り好意的ではないと推察されます。なお、総務省(旧自治省)が所管する最も基本的な法律であって地方自治制度の一般法(適用対象が広い、原則を定めた法律)である地方自治法では、特別区は(現在は)東京都にのみ認められる特殊な制度という扱いとなっていますが、地方自治法の特別法(適用対象が特定され、例外や特例を定めた法律)という位置づけの「特別区設置法」では、逆に特別区の設置法としては一般法という位置づけが与えられており、地方自治制度の法体系あるいは法秩序としては、ねじれが生じています。つまり「特別区設置法」は、本来、総務省(旧自治省)の縄張りの本丸である「地方自治法」を改正して盛り込むべき内容を特別法である「特別法設置法」とすることで本丸の外に放り出して、しかも、その適用例が実際には世に現れにくいような規定内容にしています。そうすることによって、総務省の大事な縄張りが法制的にも実態的にも侵されないように、巧みに立法されたものと見ることができます。

以上はあくまで、筆者の推測に基づく穿った見方にすぎませんが、こうしてみてくると、「ミスターX氏」の正体が薄ぼんやりと浮かび上がってくるように思われます。

なお、本稿に記した見解はすべて、筆者の個人的な見解であり京都産業大学法学部その他筆者の属するいかなる団体の見解を示すものではない。

 

喜多見 富太郎 教授

地方自治論、地域行政学


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