難航する米国ホームレス問題とトランプ新政権

2024.11.26

是正が難しい米国の格差

2024年11月5日に投票が行われたアメリカ合衆国大統領選挙では、共和党の候補者ドナルド・トランプ氏が第47代大統領として選出された。トランプ氏はバイデン現大統領から政権を引き継いで、2025年1月から米国連邦政府の運営の責任者となり、政策に大きな影響力を与えることとなる。この世界一の大国として注目される米国は、国内の経済格差の拡大が止まらない。それを是正することはバイデン大統領の公約でもあった。しかし、米国の現状は、高所得者層と低所得者層の消費の伸びに差がみられ、高所得者層が不動産価格や株価上昇の恩恵を受けてきた半面、低所得者層は新型コロナウイルス禍で得た現金給付を使い果たし資産形成の機会が乏しいなど、高所得者層と低所得者層の格差は拡大している(日本経済新聞社 2024)。

こうした格差が米国の構造に根強く存在する中で、最も脆弱な状態に置かれている人々がホームレス状態にある人たちであろう(※1)。ホームレスネスの問題は全米全州とプエルト・リコ、グアムを含む領土に広がる。米国アメリカ合衆国住宅都市開発省によると、2023年の全米のホームレス人口は65万人達した(US Department of Housing and Urban Development 2023, p.10)。前年の58万人から12%の増加である。この人数は、ホームレス状態にある人々の調査が始まってから最大となった。近年のホームレス人口の推移状況の傾向からみてもこの1年の変化は著しい。コロナ禍とその後の好景気によって物価上昇が続く中、それに適応することが難しい人びとの脆弱性が増している。トランプ次期大統領は、バイデン政権でも解決できなかった、こうした困難な時代のアメリカ合衆国の運営を引き継ぐこととなる。


※1. ホームレス状態にある人々とは、米国物質乱用精神衛生サービス局によると、安定した夜間の居住地を持たず、緊急避難所や仮設住宅、非居住用の場所で生活している人や家族を含むみ、14日以内に現在の住居を失う見込みがあり、次の住居が確保されておらず、支援や資源がない人が含まれる。さらに、過去60日以上賃貸契約や持ち家がなく、頻繁な転居や障害・雇用の障壁などで不安定な住居状況が続く子どもや家族も含まれるとされている。加えて、家庭内暴力から逃れるために避難中で、他に住む場所や支援がない人もホームレス状態にあると見なされる(US Substance Abuse and Mental Health Services Administration 2024)。

最も脆弱な状況にあるホームレスの人びと

米国の格差自体は、今に始まったことではない。米国では、例えば家賃が滞った場合、強制退去(eviction)されるまでの期間が短い。そのため仕事はしていても、家賃が払えなくなればあっという間にホームレス状態に陥ってしまう。一度ブラックリストに載ってしまうと、再び賃貸物件を借りることは難しくなる。そのため、路上ではなくても、モーテルの狭い一部屋に家族全員で居住したり、車で生活している人々もいる。仕事も持っているひと、家族単位でホームレスとなっている人も多い。また大学生でホームレスを経験している人も一定数いる。例えばカリフォルニア州では、コミュニティカレッジの学生の20%、カリフォルニア州立大学(CSU)の学生の10%、カリフォルニア大学(UC)の学生の5%がホームレス状態にあるという(Bishop, et al. 2020)。更にはカリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)の天体物理学の教員が、給与が安くてアパートに住めなくなり事実上ホームレス状態であることも報じられ(Lewis 2024)、話題になっている。

ホームレスの人びとは、メンタルに問題を抱えていたり薬物(ドラッグ)を使う人も多いというイメージがあるかもしれない。近年、YouTubeなどでは米国の都市でフェンタニル(オピオイド系麻酔用鎮痛剤)の使用によって体が折れ曲がった人達が路上にいる様子が映し出されているものも多く、そのイメージに拍車をかけている。しかしながら、路上生活する人たちはもともと薬物を乱用していたから住居を失ったと考えることは、多少短絡的過ぎるのかもしれない。カリフォルニア州で行われた調査によると、ホームレスの人びとの約50%は過去6か月間薬物を使用していないということが判明している。逆に、過去6か月間で薬物を使用したことがある人のうちの40%は、ホームレス状態になった後に薬物を使用し始めている(Assaf 2024)。そして、薬物使用の理由として、夜間に自分自身や自分の財産を守るために寝ずに起きておくために使用している人もいる(Assaf 2024)。さらに、寒さをしのぐために薬物を使用する人もいる(Gomez, et al. 2010)。過酷で脆弱な環境が、ホームレスの人びとに麻薬を使用させているという側面もあることを知っておくべきだろう。

このようなホームレス状態の生活を送ると、社会復帰をすることは簡単なことではない。住む家がないと、新規に雇用がされにくくなったり、身の安全を確保することが難しくなる。極度に不安な生活環境によって、メンタルヘルス上の問題を抱えてしまう場合もある。また健康を維持することが難しくなる。さらには、医療を含め社会的なサービスを受けることが難しくなる。つまり、ホームレス状態となると、きわめて脆弱な立場に置かれてしまうことになる。テントなどで一定の環境を構築して生活している場合でも、路上や公園にテントを張って占有していること自体は問題があるとみなされ、行政機関によって定期的に私物の撤去がされてしまうことがある。

これまでのホームレスネス対策

この状況を改善するために、米国内で近年行われてきた中心的な取り組みは「ハウジング・ファースト」と呼ばれるものだ。これはもともと精神的問題や薬物乱用を抱えるホームレスの人々を対象に、はじめに住居を提供することで、社会復帰ができるようにするプログラムである。それ以前の方針が、薬物依存やメンタルヘルスの治療を先にした後に住居を提供するという「トリートメント・ファースト(治療優先)」アプローチであったが、「ハウジング・ファースト」では、先に住居を提供することで人々の環境や精神状態を安定化させて、社会復帰を容易にするという考えに基づいた政策である。米国とカナダの「ハウジング・ファースト」に関する26の研究成果をまとめた論文によると、ホームレス状態を解消させること、医療サービス利用の削減効果、HIV感染者の健康環境の向上といった成果があったと評価されている(Peng, et al. 2020)。この政策に一定の評価がある一方で、全米規模でみれば住居の数は絶対数が不足しており、一部の地域を除いては十分な効果をあげられているとは言い難い。米国に存在する公教育格差や所得格差、物価高等問題といった社会構造上の問題を是正しなければ、この政策だけでは状況の悪化に対応できない可能性が高い。

ホームレス状態にある人々が生活を立て直すための別の手段としては、米国各地で、Homeward Bound ProgramあるいはJourney Home Programといった名称で、ホームレス状態にある人を家族や親せきの住む地域に戻すための支援をするプログラムが行政や非営利団体によって実施されている。カリフォルニア州サンフランシスコ市では、2022年以降、「Problem Solving Relocation Assistance」というプログラムの導入によって、移住費用の支援などを行ってきた(City and County of San Francisco 2024)。また2024年8月には、ロンドン・ブリード市長は、ホームレス状態にある人々に対して移住支援を優先する「Journey Home」という行政指令を発表した(City and County of San Francisco 2024)。この指令は、ホームレスの人々に他のサービスを提供する前に、「移住支援」を申し出ることをすべての市のスタッフに義務付けるもので、これは以前と比べてより強力で包括的な取り組みとなっている。また、全米各地において、数多くの非営利団体や教会が軸となってホームレス状態にある人びとのケアに取り組んでいる。

トランプ氏が示す強硬策

これらは米国におけるホームレスネスに対するこれまでの代表的な対応策である。しかしながら、政権がトランプ次期大統領へと移ると、より強硬な手段により問題を解決しようとする可能性がある。トランプ次期大統領は、これまでに、公共地における野営行為の禁止とホームレスの犯罪化について言及し、メンタルヘルスに問題を抱える人や薬物中毒者は「テントシティー」に入れて治療を受けさせ、それを拒む者は犯罪者として逮捕するとしている(Asher 2023)。これはつまり「ハウジング・ファースト」ではなく「トリートメント・ファースト」に政策を転換するということを意味する。米国では州政府や市、非営利組織の自立性が高いなか、これまでの政策が継続されるのか転換されるのか、人道上の観点から注視する必要がある。トランプ次期政権がホームレス状態にある人々を犯罪者まがいに扱い強硬に対応することは、米国社会に混乱と分断を招くことになるだろう。日本でも生活保護受給者に対する反感を持つ人が一定数存在することがネット上の言説からうかがい知ることができるが、貧困に直面する人を個人の責任としてしまえば、社会構造に起因したこの問題の改善・解決は困難である。ホームレスネスや困窮の問題は、その当事者達だけの問題であるとみなしてしまうと、社会全体の福祉を損なう。なぜなら、社会の中に困窮する人たちが増えると、社会全体の環境・衛生・健康・健全さが損なわれるからである。それは同時に行政サービスへの予算上・人員上の負荷も増大することを意味する。

最後に、こうした低所得者やホームレス状態にある人々の問題は、米国に限ったことではなく、高所得国とみなされてきた各国で起きているあるいみグローバルに展開する現象である。北米と欧州ではホームレス人口が増加している国が多い。G7加盟国の中で最悪の相対的貧困率を持つ日本では、路上生活をする人の数こそ減っているが、生活に困窮する世帯の存在は無視できない。特に「隠れたホームレス」と称されるネットカフェに暮らす人々が存在していることや、生活保護受給対象者に対する利用率が低いことなど、改善の検討を要する課題が山積している。高所得国における貧困やホームレスネスの問題は、外交や国際協働のアジェンダに乗りにくいが、グローバルなトレンドを持つ課題として各国間の関係者や市民が経験や知恵を出し合い、解決に向けて連帯・協働する必要があるだろう。

参考文献

三田 貴 教授
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政治学(未来学)、オセアニア地域研究、国際協力論、共生社会