フランスにおけるライシテ原則:移民の社会統合と共和国理念の動揺 2023.10.18

フランス公立学校でのアバヤ禁止

フランス政府は9月からの新学期開始にあたり、公立学校においてイスラム教徒の女性が身につける長衣「アバヤ」※1 の着用を禁止する通達をだした。この通達は、公立学校における「ライシテ」(laïcité:公的空間での非宗教性原則)を守るための教育現場からの要請でもあり、急進左派の一部の政党をのぞき、極右から左派まで幅広く支持されている。一方でイスラムの生徒のみを標的とした明らかな差別として反発を招いているが、マクロン大統領は学校教育における非宗教性原則はフランス共和国の根本理念であるとして、一切妥協しない姿勢を表明した※2 。これにより指示に従わずにアバヤを着用しつづけた場合は処罰の対象となる。これに対して仏イスラム教評議会(CFCM)は、アバヤは宗教的な意思表示のシンボルではなく、伝統的ファッションにすぎないとして強く抗議している※3

ライシテとイスラム教

フランスでは、1980年代末から公立学校でイスラム教徒の女子生徒のベール(スカーフ、ヒジャブ)着用がライシテに違反するかをめぐって議論が繰りかえされてきた。その結果、2004年には公立学校で「これみよがしの」宗教的象徴を身につけることを禁止する法律が成立し、イスラム教徒の女子学生はベールを着用して登校することはできなくなった。
ライシテにもとづくこの法律は、イスラム教徒のベールだけでなく、過大な十字架や、ユダヤ教徒の小さな帽子キッパも同じく「これみよがしの宗教的象徴」として禁止している。従ってイスラム教のみを対象とした措置ではない、というのが政府の説明であるが、問題となるのはイスラム教徒による宗教実践の場面ばかりである。
すでに禁止とされてきた、全身を覆う「ブルカ」(ライシテに加えて治安上の理由も挙げられた)やイスラム女性用の水着「ブルキニ」の排除、今回アバヤとともに禁止対象となった男性用長衣「カミス」まで、フランスにおけるイスラム教徒への服装規制は強まるばかりといえる。

“一つにして不可分”の共和国

フランス共和国憲法は、その第一条において、「フランスは一にして不可分の、非宗教的、民主的、社会的な共和国」※4 であると謳う。ライシテはそもそも、国家と宗教との分離(公的空間における非宗教性)と私的空間における個人の信教の自由を保証するもので、革命理念と並ぶフランス共和国の基盤となる原理である。
この「一にして不可分」とは、国家と国民個人の間に民族集団や人種、宗教集団などにまとめられる括りを認めないことを意味する。この前提のもと、あくまでも「個人」に対する普遍的人権として多様な民族的ルーツや宗教性が守られるべきとされる。このためにフランスでは多様な民族集団の存在を認め、その多様性を集団として尊重、保護するような「多文化的」対応は理念上できないことになる。

移民の社会統合の課題:差別、貧困、郊外、暴動

しかし現実のフランス社会において、差別され、排除され、低所得の困難にあえぎ、「郊外」とよばれる荒んだ地区に押し込まれているのは、「イスラム教徒」の若者であり、「移民にルーツをもつ」フランス国民※5 なのである。にもかかわらず共和国理念を前提とし、個人と国家の間に特定の集団を介在させることは共和国理念に反するため、「イスラム教徒」の若者を対象として政府が支援をしたり、予算を割いたりすることはできない。フランス社会が抱える社会的不平等問題と政府がとりうる施策にはズレがあり、共和国理念のゆえにそのズレを修正することが困難なのである。
今年6月に北アフリカ系移民の少年射殺事件をきっかけとして激化した一連の暴動は、共和国理念のもとに平等で対等に扱われるべきフランス国民が、そのルーツによって異なる扱いを受け、貧困や不平等と結びついている現実への憤りと絶望がもたらしたものともいえる。

“不可分の共和国”における分断、排除

移民の社会統合をめぐる分断や衝突は、フランスのみならず欧州各国で深刻化するばかりである。「多様性の尊重」、「マイノリティの保護」、「個人の人権の尊重」という「普遍的価値」の裏で、移民にルーツをもつ民族的少数者へ向けられる排除や攻撃は、強い怒りと無力感を生み出し続けている。二重基準ともいえる普遍的価値の適用は、結果として欧米の語る「普遍的価値の普遍性」に疑義を抱かせる。抑圧され無力感と怨嗟を募らせる集団と、それを恐れる多数派側集団の両者ともに、暴力が支配する出口のない負のスパイラルへと取り込まれていくことになる。


  1. 肩から足元まで全身をゆったりと覆う中東や北アフリカの女性の伝統衣装。頭髪を覆うスカーフ(ヒジャブ)とあわせて纏う女性も多い。
  2. "Interdiction de l'abaya à l'école; ≪Nous ne laisserons riens passer≫ à la rentrée, prévient Emmanuel Macron", Le Figaro, 01/09/2023.
  3. 「イスラム伝統衣装仏公立学校で禁止」『朝日新聞』2023年9月26日朝刊.
  4. République Française,"Constitution du 4 octobre 1958", 2023.10.14閲覧.
  5. フランスでは、両親のルーツにかかわらずフランス国内で生まれたこどもには、一定の条件を満たせばフランス国籍が与えられる。フランスにおける「移民」には、フランス国籍をもつフランス生まれのフランス国民が相当数いる。

正躰 朝香 教授

国際関係論

PAGE TOP