BRICSの最近の動向から 2023.09.14

BRICS首脳会議

8月23日、南アフリカでブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICS首脳会議が開催された。当初、会議の内容よりも、3月に国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪の咎で逮捕状が出されているロシアのプーチン大統領は出席するのか、ということが話題となった。※1他方で、BRICSにおける中国の影響力が注目され、中国の習近平国家主席は会合で、「グローバルガバナンスにおける途上国の発言力を高め、発展を支援していく必要がある」と語り、グローバルサウスと呼ばれる新興・途上国からは国際社会での地位向上やBRICSとの協働に期待する声が相次いだ。※2
会議の最後に発表された「ヨハネスブルク宣言」の要旨は以下の通りである。①WTOの必要不可欠な改革に積極的に携わる、②ウクライナ紛争について、対話と外交を通じた解決を支持する、③G20サミットが国際経済と金融協力分野における多国間の場として指導的な役割を果たし続けることの重要性を再確認する、④BRICS間の国際貿易と金融取引で、自国通貨の使用を促進することの重要性を強調する、⑤アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦を2024年1月1日から正式加盟国として迎える。※3
①③については程度の差はあっても、米欧主導の経済へのメンバー国の不満を反映しており、対立点は限定的だが、②に関しては、南アやブラジルのロシアに対する批判的な立場と比較的寛容?な中国の立場、また独自の中立路線のインドの意見が対立し、統一行動につながりにくい。④は、米欧中心の経済制裁などに連動するドルに対抗するため、これまでも重要な課題とされてきたが、その先に共通通貨の使用を設定することは困難であるとみられる。最後だが特に注目されるのが⑤であった。特徴としてはアルゼンチンを除き中東・アフリカ諸国であり、またほとんどが産油国または天然ガスの産出国である。最近のBRICSにおいて、中国が米欧の自由や民主主義といった価値観の「押し付け」に対する政治的な対抗軸を形成するとともに※4、この陣営の経済的規模拡大につなげようとしているという説を裏書きするように見える。しかし、ことはそれほど単純ではない。

BRICSの拡大をめぐって

現時点でBRICSは、世界人口の42%、世界のGDPの23%、世界貿易の18%を占める「経済ブロック」であるが※5、新加盟の6か国に加え、将来的に加盟を希望している国が参加すると40か国に拡大することになり、その潜在的な力が中国やロシアが主導権を取るG7への対抗軸となるのであれば、その影響力は無視できないものになるだろう。しかし、クアッドのメンバーでもあるインドは、メンバー国の拡大をめぐって、米欧との関係も重視し、野放図な拡大に慎重な姿勢を示しつつも、加盟国の選定で影響力を行使することで独自の立場を維持している。
来年からの加盟国に目を向けると、たとえばサウジアラビアは、最近、これまで友好関係にあった米国との関係に陰りが見える中で、独自の外交路線を打ち出しつつある。ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、主要産油国としてロシアと一定の関係を維持しつつ、ウクライナのゼレンスキー大統領を自国に招待し、仲介外交で存在感を示している。※6なお、サウジアラビアは近年、中国の仲介によってイランとの関係正常化を進め、人権問題などに関しても中国と歩調を合わせることで外交的に有利となることから、中国との友好関係維持に前向きである。※7
対米関係に目を転じると、新たにメンバーとなるイランのライシ大統領は習氏との会談で、同国のBRICSへの加盟により、「米国の独断に反対するBRICSの原則が強化される」と述べるなど、中国の路線に同調する姿勢を見せている。他方、初期からのメンバーであるブラジルのルラ大統領は、BRICSはG7、G20、米国に対抗するものではない旨とSNSで発信しており、中国やイランとは対照的である。※8以上のようにBRICSの枠組みは中国がリードし米欧の路線に対抗する部分もみられるが、どの程度それが実効性を持つかは不透明である。

BRICS会議への参加希望国

<アジア・欧州> インドネシア、タイ、ベトナム、カザフスタン、ベラルーシ

<中東・アフリカ> イランサウジアラビアアラブ首長国連邦、アルジェリア、エジプトエチオピア、コンゴ民主共和国、コモロ、ガボン、ナイジェリア

<中南米> アルゼンチン、ボリビア、キューバ、ベネズエラ

(出所:2023年8月24日『朝日新聞』朝刊。地域区分を修正のうえ引用。 は来年の新規加盟国)

BRICSをめぐる今後の注目点

そもそもBRICSとは、経済的に成長著しいブラジル、ロシア、インド、中国という新興国に注目した米国の大手証券会社が命名した他称であり、自発的なまとまりではなかった。すなわち、2001年9月11日の同時多発テロ以降、投資家にとって明るい材料を探るために大手証券会社ゴールドマンサックスのアナリストが、急速な経済成長が見込まれる注目株ということでブラジル、ロシア、インド、中国をBRICsとして取り上げたことがきっかけだった。その後、この4か国はこの研究報告での評価を前提として、アメリカの主導するWTOに加盟しつつ、共通の課題に関しては協力関係を結ぶことになっていく。当初はロシアがリードして、2009年の第一回のBRICsサミット開催と、南アフリカの参加をへて2010年以降、BRICS諸国間の協力が実態化していったのだ。※09
興味深い点は、BRICSが冷戦後の「脱イデオロギー」※10 の雰囲気の中で、グローバルな経済発展の文脈で注目される複数の国家が、米欧主導の経済環境の中で当初はロシアを軸とする関係性構築を契機として、いわば経済から政治的主体化を遂げていったことである。これは多分に冷戦後のグローバル化が経済主導で展開されたことに起因する。現在ではウクライナ問題で後退したロシアから、グローバルサウスと先進国という対抗図式を提示して、主導権を握ろうとする中国を中心として事態は推移しているように見える。その一方で、大国としてのインドの影響や民主主義体制をもつブラジルや南アの国内政治の影響でBRICSはより複雑な展開を見せる可能性がある。
BRICSをG7との対抗軸とみると、国家間の利益をめぐる古典的な力の政治のみで推移しているようにも見える。しかし、長期的にはSDGsの実践をめぐる議論や民主主義の解釈や人権をめぐる論争としても展開するだろう。自らも「歴史の終焉」と「文明の衝突」の間を揺れ動き、BRICSだけではなく内側からの挑戦を受けつづける米欧の状況もより予測の不可能性をもたらしている。※11いずれにせよBRICS自体の変容や、それをめぐる国際社会の状況を考察することは、国際関係の多様な見方を鍛えるうえでも格好の材料を提供してくれる。


  1. 結局プーチンのオンライン出席という形で問題は回避された。
  2. 2023年8月25日『日本経済新聞』朝刊。
  3. 2023年8月26日『読売新聞』朝刊。一部省略・修正。
  4. 2023年8月26日『朝日新聞』朝刊。
  5. 2023年BRICSサミットホームページ。[アクセス日2023年9月4日]
  6. 2023年08月25日『朝日新聞』朝刊。
  7. イスラーム諸国の盟主を任ずるサウジアラビアであるが、ウイグル問題が中国の内政問題であるとの「理解」を示す姿勢であることが報道されている。NHKホームページ [アクセス日2023年9月6日]
  8. 2023年8月26日『朝日新聞』朝刊。
  9. Tom Hancock, ‘How BRICS Became a Club That Others Want to Join’,Washington Post, August 17。
  10. この「脱イデオロギー」状況は、現実にはソ連・東欧の共産圏の消滅によって共産主義対資本主義の対立が相対的に低下する中で、特に米国において自由民主主義体制の全面的勝利というイデオロギーが有力になるという現象が伴っていた。しかし自由民主主義の立場は米欧においても挑戦を受けている。
  11. 無論、米欧ほどではないにしても、「アラブの春」などの事例にもみられるように権威主義体制も内部からの批判を逃れられるではない。

北澤 義之教授

中東地域研究・国際関係論(ナショナリズム)

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