カンボジアで進む言論弾圧と独裁強化 2023.07.12

カンボジア首相のSNSアカウント凍結

最近Twitterの仕様変更などSNSをめぐるニュースが世間を騒がせているが、私がこのニュース解説でたびたび取り上げているカンボジアについても、先日SNSに関連した興味深いニュースが報じられた。
2023年6月23日、Facebookを運営する米国のIT大手企業であるMetaでは、第三者で構成される監督委員会が、カンボジアのフン・セン首相のFacebookおよびInstagramアカウントを6ヶ月間凍結するよう勧告した。これは、今年1月に行なったビデオ配信が原因で、彼はそこで政敵に対し「ギャングを家に送る」や「逮捕する」と発言したため、当委員会が暴力を扇動すると判断して行われたものだ。この動きに対して、フン・セン首相は抗議の姿勢を示す意味で自らそれらのアカウントを削除するとともに、Meta監督委員会のメンバーおよそ22名のカンボジアへの入国禁止措置、そしてカンボジア国内にいるメンバーについては48時間以内の国外退去措置を講じた*1。この出来事は、今日のカンボジアで、彼の権力がいかに強固であるかを示す象徴的な事例であろう。

フン・セン体制で進む言論弾圧

こうしたフン・セン体制下での「言論」に対する弾圧的かつ独裁的な対応は今に始まった事ではない。カンボジア政府は2017年8月、日刊英語メディアであるカンボジア・デイリー(Cambodia Daily;CD)に対して、630万ドルの税金滞納があり、わずか翌月の9月4日までに支払いが行われなければ閉鎖すること通達した。また同様に、英語ラジオを提供するラジオ・フリー・アジア(Radio Free Asia;RFA)とボイス・オブ・アメリカ(Voice of America;VOA)の2社に対しても、公式の報道ライセンスを得ていないことと税務署への登録がなされていないことを理由に圧力をかけた。同時期には、全米民主国際研究所(National Democratic Institute;NDI)に対しても、登録要件を遵守していないとしてカンボジアでの活動停止とメンバーの国外退去を命じている*2。CD、RFA、VOAの3社はいずれも米国の資金援助を受けており、NDIも米国のシンクタンクであることから、このカンボジア政府による当時の一連の対応は、独裁体制を強めていたフン・セン氏に対して批判の声を強めていた米国系メディアやNGOへの粛清として捉えられた。
直近でもこうした動きは続いており、今年2月には、カンボジア国内でクメール語と英語の両方でオンラインニュースを積極的に発信してきたボイス・オブ・デモクラシー(Voice of Democracy;VOD)のニュースウェブサイトが完全に遮断された。報道によれば、カンボジアでは昨年からニュースメディアを含む43のウェブサイトがブロックされており、これらは政府の公式ライセンスによって営業可能なカンボジア国内インターネットサービスプロバイダー(Internet Service Provider;IPS)が政府の意向を受けて行なったものと見られている*3

選挙を見据えた言論弾圧と野党排除

これらのメディア排除に見られる言論弾圧の動きにはある共通点が見られる。それは選挙シーズンということだ。
 CD、RFA、VOA、NDIへの弾圧を強めた2017年は、6月に行われた地方選挙でフン・セン氏率いるカンボジア人民党(Cambodian People’s Party;CPP)が大敗し、最大野党カンボジア救国党(Cambodia National Rescue Party;CNRP)が躍進していた*4。それを受けてカンボジア政府は、8月にそれらメディアへの弾圧を行うとともにCNRP党首だったケム・ソカ氏を国家反逆罪で逮捕し*4、その後改正した憲法によってCNRPを解党した。その結果、翌年2018年に行われた下院選挙総選挙では与党CPPが圧勝し、現在の盤石とも言える独裁体制の強化に繋がっている。
SNSに対する過激な反応が見られた昨年から今年にかけても、7月に下院総選挙が予定され(7月23日投開票)、昨年には地方選挙が行われた。しかもその地方選挙では、CPP圧勝という結果ではあったものの、長期化する一党独裁への懸念から野党キャンドルライト党(Candlelight Party;CLP)が2割の得票を得るなど人気を高めた*5。また、総選挙を間近に控えた今年5月には、選挙管理委員会が書類上の不備を理由にCLPの政党登録を認めず、CLPの異議を受けた憲法評議会も選挙管理委員会の対応を支持するなど、実質的な総選挙前の有力野党排除が行われ*6、2017・18年シーズンと酷似したこれら一連の動きは、もはや選挙前の動きとして恒例化している。

独裁体制の強化と長期化に向けて

2021年12月、フン・セン氏はシハヌークビルでの演説の中で彼の長男フン・マネ氏を次期首相として指示することを表明し、CPPの中央委員会もまたそれを正式に支持したことが報じられた*7。フン・マネ氏は当時陸軍の副司令官を務めていたことから、対ポル・ポト攻勢で軍人としてその影響力を固めていった父フン・セン氏とも経歴の点でも重なる。この世襲による禅譲とも見られる動きは、実質的にはフン・セン氏が院政を進めるための準備と見られることから、当然ながら、欧米や弾圧されてきた独立系メディアによる批判は強く、それは野党支持の原動力となっている。
このように恒例化しつつある言論弾圧と野党排除、そしてそれを支持する中国の後ろ盾によって独裁の長期化が進められるカンボジア。変化を続ける新冷戦という国際関係の中で、どのように展開されていくのか、ぜひ今後も注目してほしい。


  1. Nikkei Asia(2023)、Cambodia bars Meta oversight board after PM's Facebook account frozen、日本経済新聞社(最終閲覧日:2023年7月7日)。
  2. Guardian News & Media(2017)、Cambodia threatens purge of critical media and US charity(最終閲覧日:2023年6月10日)。
  3. Nikkei Asia(2023)、Cambodia internet providers told to block independent broadcaster、日本経済新聞社(最終閲覧日:2023年2月20日)。
  4. 日本経済新聞(2017)、「カンボジア与党、国政選へ圧力、最大野党党首を逮捕、フン・セン首相、地方大敗で焦り。(日本経済新聞 2017年9月7日 朝刊 )」、日本経済新聞社。
  5. 朝日新聞(2022)、「カンボジア野党 2割得票(朝日新聞 2022年6月27日 朝刊 )」、日本経済新聞社。
  6. 朝日新聞(2023)、「カンボジア野党排除再び(朝日新聞 2023年6月14日 朝刊 )」、日本経済新聞社。
  7. Nikkei Asia(2023)、At long last, Cambodia's Hun Sen set to achieve his dynastic dream、日本経済新聞社(最終閲覧日:2023年7月2日)

吉川 敬介 准教授

開発経済論、ASEAN経済、地域研究(カンボジア)

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