中編 EUの「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」について2023.5.9

2023年2月8日に、【前編】をお届けし、「戦略的自律」の意味を歴史的・思想的に紐解いてみた。今回の【中編】では、EUを構成する機関(欧州議会、外務・安全保障政策上級代表、欧州委員会)の「戦略的自律」に関する概念や定義、政策的意図について紹介する。
ウクライナ危機が長期化する中で、凋落しつある覇権国米国とEUの関係、覇権的行動を強める中国とEUの関係、独自の動きを見せるグローバルサウスとEUとの関係が益々問われている。これらの国々に対しEUの「戦略的自律」はどんな意味があるのか、考えるヒントになれば幸いである。

欧州議会

EU市民は、自国の地方議会議員、国会議員を選ぶ権利に加え、EUを代表する欧州議会の議員を直接選ぶ権利を有している。欧州議会はEU閣僚理事会と共に立法を行うだけでなく、EU市民を代表して執行機関である欧州委員会の政策の実施状況やEU内外における民主主義、人権状況について監視する役割を果たす民主的に重要な機関である。欧州議会議員の直接選挙は1979年に導入されたが、後にフランス国籍のM.デュヴェルジェ(Maurice Duverger)という著名な政治学者が、欧州議会選挙においてイタリアの左翼民主党から推薦され当選し(1989年)、欧州のために活動するという事実を思い出す。民主政治ガバナンスの欧州化である。
そうした性格を持つ欧州議会によると、EUの戦略的自律とは、「EUが自律的に、すなわち他国に依存することなく、戦略的に重要な政策分野において行動できる能力」である。その政策分野は、防衛政策から経済にまで至り、民主主義的価値を支持する能力である。

*European Parliamentary, European Parliamentary Research Service. Strategic Foresight and Capabilities Unit(July 2022) “EU strategic autonomy 2013-2023, From concept to capacity” BRIEFING EU Strategic Autonomy Monitor, 

外務・安全保障政策上級代表 Josep Borrell

EUの対外関係全般を担う機関の代表者であり、欧州委員会副委員長でもあるBorrellは「戦略的自律」を「欧州の価値・利益を守り、未来を確実なものにするための長期にわたるプロセス」であると性格づけしている。近年の世界情勢の変化について、世界経済におけるEUのGDP比率の低下、経済的相互依存の対立的・非対称化、ソフト・パワーのハード・パワー化を指摘する。また世界のパワーの焦点がアジアにシフトするに伴い、米国の対外政策の対象地域も変化し、米国は欧州近隣地域から撤退した。その状況の下、ロシアやトルコが欧州近隣において勢力を拡大している。こうした世界情勢において、EUの安全保障・防衛力の増強が、欧州の自律性を裏付け、米国とも対等に協働できることに繋がる。加えて貿易・投資・金融・情報(データ)・健康・資源(レアメタル)についての自律性はEUにとって不可欠である。
Borrellはこうした過酷な世界情勢の中で「欧州の問題は、EU自らが管理・決定できる」という意味で「自律的」でなければ 、EUは Global Player にも「政治同盟」にもなれないとするのである。

*J. Borrell(2020),“Why European strategic autonomy matters,” La revue géopolitique(Dec. 2020)

欧州委員会

欧州委員会は、日本の内閣にあたる政策執行機関であるが、広範な政策分野の政策立案や法令の原案を策定し、対外的には通商交渉や通商協定の交渉・締結などを行う。2019年よりフォン・デア・ライエンが初の女性委員長に就任し、EU各構成国から選ばれた27名の委員から成る委員会を統括している。
「戦略的自律」については、2021年に公表された政策文書「新通商政策」においてその意義と役割が示されている。ただし通商に関わるのでEUが貿易について開放的であり、安定した規範を促進して、経済的に強靭で地政学的影響力を維持するため、「閉鎖的(Closed)」ではないことを示す「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」として命名されている。

*European Commission(2021), COM(2021) 66 final, Trade Policy Review - An Open, Sustainable and Assertive Trade Policy,

「戦略的自律」という言葉は、元々防衛・軍事計画に由来するが、現在では他の政策分野にも拡大され、EUの利益と価値と軌を一にする今後のEUの能力に関する概念となっている。また「自律」と言っても、EUが孤立して歩むことではなく、むしろEUが長年にわたって世界各国と築いてきた相互依存関係を、最良の方法で受容し展開していくことを意味する。可能な時にはいかなる場合でも多国間協力を行い、必要なときには何時でも自律的に行動することをその内容とする。

*European Commission, European Moment Repair and Prepare for the Next Generation, 2020.5.27 COM(2020)456 final,

「戦略的自律」は、「EU の戦略的利益と価値を反映させながら、EU が独自の選択をし、世界秩序の形成において、EU 域外国を取り込みつつ、その主導権を握るEU の能力を重視するという考え方」を基礎としており、経済的にも地政学的にも、EUをより強化することを目的としている。
特に通商政策分野でそれが重要な意味を持つのは、共通通商政策はEUの排他的権限(exclusive competence)に属し、EU加盟国ではなく欧州委員会が立案、実施、監督等の権限を持つので、対外関係において強力且つ機動的に実施されうるからである。したがって通商政策は「開かれた戦略的自律」を支える重要な中核的政策と位置付けられている。近年のグローバルな不確実性、国際協力・多国間ガバナンスの衰退、一国主義台頭といった国際環境の変化において、「開かれた戦略的自律」は、経済的転換期において、また地政学的不安定期において、EU通商政策にとっての羅針盤なのである。

*前掲European Commission(2021), COM(2021) 66 final. 

今回の【中編】では、「開かれた戦略的自律」について、EUを構成する諸機関の公式的な考え方・認識を中心に紹介してきた。次回の【後編】では、「開かれた戦略的自律」戦略が、対外関係(とりわけアジア諸国との関係)において今後どのように展開されていくのか、Inter-regionalismの観点から検討する。

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