カンボジア経済成長を支える中国 2023.03.28

高い経済成長を見せるカンボジア

国際関係学部では、2022年度秋学期に「国際キャリア開発リサーチA:カンボジア(CDR-A)」がスタートした。本科目は、海外でのキャリア形成を目指す学生を対象に、海外で働く経験を積むことを目的に、実際に現地でのインターンシップ研修が行われる授業だ。その研修先カンボジアは、度重なるインドシナ戦争やポルポトによる残虐政治などで有名だが、その長く悲劇的な混乱期を乗り越え、2000年代に入り急速な経済発展を遂げている。国づくりのスタートは周辺諸国に比べて大きく出遅れはしたものの、経済発展の度合いは東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の中でも極めて高く、それゆえに世界的にも注目される成長国家である。今回のニュース解説では、カンボジアの高い経済成長の背景について取り上げる。

経済成長に対する中国縫製企業の貢献

今日のカンボジアにおける高い経済成長は、フンセン体制が確立された1990年代後半から顕著に見られるようになった。それを支えたのは、当時、欧米諸国からの輸入規制を受けていた中国系縫製企業で、彼らは迂回輸出を行うために多くカンボジアに進出し、それに呼応するかのようにカンボジア政府も国内投資法を整備してその動きに対応していた。そのかいもあり、カンボジアの国内総生産(GDP)に占める工業部門の産出高シェアは2001~11年の10年間で23%から30%へと上昇し、経済成長率も2000年以降は常に7%を超えた。さらに工業部門だけに限った同時期の産業別成長率は平均で約15%を記録するなど、中国縫製企業の進出はカンボジアの産業構造に極めて大きな変化をもたらした*1。またカンボジアへの海外直接投資額(FDI)に占める中国のシェアを見ると、2010年の33%から2019年には78%へと急速に拡大させていて、これは最近のカンボジアへ行われる外国からの投資の約8割が中国によるものであることを示している。しかも、その中国の対カンボジアFDIの内訳を見ると、6割以上が縫製業によるものであることが判明している*2。このように中国縫製企業の進出は、それまで自給自足の農業中心だったカンボジアの産業構造を変化させ、今日の高い経済成長を支える土台形成に大きく貢献している。

中国縫製企業が牽引する賃金上昇

カンボジア経済における中国縫製企業の重要性は、そうした経済成長の数字だけに見られることではなく、経済を支える制度面においても極めて高かった。例えば、カンボジアの最低賃金を決定する労働諮問委員会には、雇用者代表メンバーとしてカンボジア衣料製造業協会(GMAC)が入っていたが、そのGMACの大半は中国縫製企業もしくは彼らと協力関係にあるカンボジア地場企業によって構成されていた。ちなみに、初めて当該委員会によって最低賃金(USドル)が設定された1997年、当時40ドルだったカンボジアの月額最低賃金は経済成長にともなって上昇を続け、2012年に83ドルへ倍増し、2014年には初めて100ドルを突破した。その後、2020年には200ドルを突破し、過度な賃金上昇を警戒した政府の意図もあり、2023年現在では198USドルに落ち着いている*3。少なくとも2010年代のカンボジアでは、経済成長の象徴である賃金上昇はこの最低賃金の上昇と同義であるため、縫製産業が大半を占めていた工業部門の賃金上昇は最低賃金の上昇へと反映され、その結果、カンボジア労働者の賃金は20年間でおよそ5倍へ増加した。このように中国縫製企業の影響は賃金上昇にも見られ、それは中国縫製企業がカンボジアにおける大衆消費社会の形成に対して、その貢献度が少なくないことを示唆している。

深化し続けるカンボジア・中国関係

上述したように、2022年度秋学期「国際キャリア開発リサーチA:カンボジア(CDR-A)」では、2月にプノンペンで2週間にわたり現地研修が実施された。ちょうどその出発前日に、フン・セン首相が中国訪問を終えて帰国したという報道がなされたことが、今回このテーマを取り上げたきっかけである。実は、昨年10月にも、中国の習近平国家主席がカンボジアを訪問したばかりで、こうした頻繁な相互訪問と様々な外交協力の様相からは、いかに現在の両国の結びつきが強いかがわかる。ロシアによるウクライナ侵攻によって、さらに複雑な様相を見せ始めた米中対立は、以前のニュース解説(2022年7月11日)でも取り上げた「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」などの地域枠組みを通じて、東南アジア諸国にも大きな選択を迫ろうとしている。カンボジアをはじめとするいくつかの東南アジア諸国の中国との強い結びつきは、それらの国々が加盟するASEANの結束にも影を落としかねない。我々は、大国と個々の国家間に見られるこうした結びつきの様相が、地域、そして世界全体の国際関係を理解することにつがなることを忘れてはならない。


  1. 吉川敬介(2017)、「第7章 カンボジアにおけるグローバル化と中小企業振興」、黄完晟 編『東アジアにおける中小企業のグローバル展開』 、PP.221-252、九州大学出版会。
  2. カンボジア開発評議会(2022)、CDC Homepage (https://cdc.gov.kh/)。
  3. カンボジア労働・職業訓練省 (2017)、「ប្រវត្តិប្រាក់ឈ្នួលអប្បបរមា និងអត្ថប្រយោជន៍ផ្សេងៗនៅកម្ពុជា (カンボジアの最低賃金および福利厚生等の推移)」、および各年次「សេចក្ដីថ្លែងការណ៍របស់ក្រុមប្រឹក្សាជាតិប្រាក់ឈ្នួលអប្បបរមា(全国最低賃金評議会声明)」

吉川 敬介 准教授

開発経済論、ASEAN経済、地域研究(カンボジア)

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