イスラエルの占領地政策の現状—テロ認定とセキュリティ化をめぐって 2022.08.25

西岸における人権団体弾圧

イスラエルは、8月18日未明、ヨルダン川西岸の人権団体の事務所を強制的に閉鎖した。「アルハック」などの人権擁護の数団体が左派PFLPとのつながりがあるとして、テロ支援組織に認定されたことによるものだ。

イスラエルは1970年代以降、対外政策においては国内的事情を優先する傾向が強くなった。とくにパレスチナ政策に関しては、国内世論を意識して強硬策を講じる傾向があるが、現政権が総選挙を控えて国内の動向を意識していることも今回の強硬措置の理由の一つであろう。

この事態に際し、パレスチナ自治政府が抗議するとともに、ヨーロッパの9カ国 1.は閉鎖された事務所に外交官を派遣して同組織へのテロ組織認定を明確に拒否し、これらの民間団体への支援を継続する方針を明示している。イスラエルと友好関係にあるアメリカ政府は、やや抑えた対応ながら、この強硬策に対し懸念を表明し、イスラエル政府に対し詳細な説明を求める意向を示した。なお、日本政府はこの件について公式な反応を示していない。

イスラエルによるテロ認定問題

この件に関連して、テロ認定と政治の問題に注目したい。イスラエルは自ら自由民主主義の国としての自己認識が強く、またその軍の行動の道徳性については強い信念がある。したがって、一般的な基準から人権侵害が進行しているとの人権NGOなどからの告発に対し、イスラエル政府は「自分たち自身の行動を調査するのではなく、自分たちの物語に異議を唱え自分たちの存在意義を危険に晒すように見える全ての者を(必要であれば暴力的に)弾圧する道を進み続けている。」(D.Kuttab)2.

そのため、(今や影響力の少ないPFLPなど左派組織との関係を口実に)イスラエルの正当性を否定する組織(国際的にはテロリスト性を否定されている)をテロリスト 3.と認定することで批判をかわそうとするのである。このようにテロ認定が一般的基準からすれば恣意的に利用されることは、国際関係の中ではどのような意味を持つのだろうか?

セキュリティ化の問題性

国際社会においては、米国政府の強引な反テロをめぐる行動もあって、2001年9月11日以降、何が実際にテロ行為を構成するのかという問題は、感情的および政治的な議論の焦点となってしまっている。実際にブッシュ政権が対テロ戦争を宣言した際に、積極的にテロに対する戦いの言説に同調したのは中国でありロシアであったことが想起される。その後、たとえば中国はウイグル問題などにおいて、ロシアはチェチェン問題への対応においてこの用語を政治的に利用することが目立つようになった。そしてウクライナ問題についてこの用語をロシア/ウクライナ双方が便利に使う局面が展開されている。

冷戦後、グローバルな相互関係の深化と並行して、各国の政策決定に関連してイデオロギー対立ではなくセキュリティ問題を国家存続上の至上命題とする傾向が一般化している。いわゆるセキュリティ化の問題である。一見、セキュリティは中立的あるいは無色透明の概念のイメージがある。セキュリティの概念は、冷戦時代のように特定のイデオロギーを推進するための政治的行動ではなく純粋に自分たちの安全を守るための正当性の強いものという印象を与えるため、強硬策や軍事的好行動を起こすハードルを低くする役割があるとも考えられる。今後、セキュリティの議論とテロリスト認定問題はシンクロして強硬策につながりやすくすることにも注意を払う必要があるだろう。4.

パレスチナ問題に立ち戻ってみると、イスラエル政府は対パレスチナ政策においてパレスチナ側に占領地政策の主導権を奪われたくないという事情から(あるいは現状維持を利とする考えから)、しばらくは国際的に受容されやすいセキュリティの議論を対外的に積極的に利用する傾向が続くものと考える。


  1. ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、オランダ、スペイン、スウェーデン
  2. Arab News 2022/08/20参照
  3. 他にイスラエルへの批判的勢力に対して歴史的には「反ユダヤ主義者」という用語も常套句であり、現在でもよく使用されている。
  4. 「セキュリティ化」が客観的な判断基準ではなく、実際にはむしろ政治的な判断により利用される特徴を持つことについて関心がある場合は、C.Eroukhmanoffの議論が参考になる。

北澤 義之教授

中東地域研究・国際関係論(ナショナリズム)

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