国連総会と「ポスト・冷戦後」(Post Post-Cold-War)の国際秩序 2022.09.30

国連総会の開幕と一般討論演説

9月13日、ニューヨークの国連本部で第77回国連総会 .1が開幕した。コロナ禍で2020年はオンライン、2021年は限定的対面実施のハイブリッド方式となり、通常の対面形式で各国首脳が顔を合わせての本格的な外交は3年ぶりとなる。9月20日からは一般討論演説が行われ、各国の国家元首や政府首脳が次々と登壇し、ロシアによるウクライナ侵攻、逼迫するエネルギー問題や食料価格の高騰、途上国支援や感染症や気候変動など、各国が重視するテーマや山積する課題について自国の認識や対応、国連改革を提案した .2

ウクライナ侵攻をめぐる非難の応酬とロシアの孤立?

今年の国連総会や続く安全保障理事会での焦点は、ロシアのウクライナ侵攻をめぐる激しい応酬である。ウクライナのゼレンスキー大統領は、特例的に認められた録画での演説の中で、ロシアの侵略行為の違法性を訴え、ウクライナの領土保全や、ロシアが常任理事国としてもつ安全保障理事会での拒否権の剥奪や国連改革を訴えた。同様にバイデン米大統領も、フランスのマクロン大統領も、就任したばかりのトラス英首相、そして日本の岸田首相も、侵攻を続け、一方的な住民投票による東部地域の併合を目論むロシアを厳しく糾弾した。

一方で、国際社会がロシア批判で完全に結束しているわけでもない。中国やインドは今春のウクライナ侵攻開始時点から表立ったロシア批判を控え、中立的な立場から各当事者に話し合いを通じた解決を求めてきた。ロシアは孤立回避のため、中南米やアフリカ諸国と会談を重ね、台湾問題を引き合いに中国の歓心を得ようとしてきた。中印は、核使用の可能性を仄めかし、強引な住民投票による支配地域の併合を強行する現状のロシアから距離を置く姿勢を見せ始めているが、それでもロシアの軍事侵攻を止めるための統一的な意思も手段も国際社会にはない。

冷戦後の秩序形成と国連改革の停滞

総会の冒頭でグテーレス事務総長は、「地政学的な分断が国際法、民主主義制度への人々の信頼や国際協力を損ねている。協力と対話こそが前に進むため唯一の道だ」 .3と述べて、加盟国に分断の克服と連携を呼びかけた。冷戦後、国際協調の場として期待された国連は、社会経済問題や保健衛生、開発援助や価値規範の形成などにおいて一定の役割を果たしてきたとはいえ、「平和と安全の維持」という基本目的を果たせてはいない。くりかえし議論されてきた安保理改革を中心とする国連改革も、常任理事国の拡大問題、総会の権限強化、常任理事国の拒否権使用の制限など、どれも実現しないままである。ウクライナ侵攻を巡る対立は、国連改革の必要性を改めて強く認識させる一方で、具体的な改革の議論では各国の思惑が交錯し、具体化する見通しはたっていない。

ゴルバチョフの死と「冷戦後」秩序の終わり

冷戦を終結に導いたゴルバチョフ元ソ連大統領が8月30日に亡くなった。死の間際にあってゴルバチョフは、ウクライナへの軍事侵攻により「自らが世界に残そうとした遺産が『無』になってしまったことを『理解していた』という」 .4。ゴルバチョフへの評価は各国で分かれるが、彼の死は、ソ連崩壊とともに始まった一定の価値規範を共有する「冷戦後の秩序」の終わりがロシアのウクライナ侵攻により決定づけられたことを象徴的にあらわしているようでもある。

ウクライナ侵攻後の「ポスト『冷戦後』(Post Post-Cold-War)」の新しい国際秩序

多国間協調の停滞は国連だけではない。G7を補完する協議枠組みとして期待されたG20も閣僚会合での共同宣言が採択できないことが続いている。コロナ禍やウクライナ侵攻によりグローバル化が後退したとの指摘もあるが、資源の調達先やサプライチェーンを変えたとしても、相互依存の網は簡単に解けるわけではなく、経済的封じ込めや制裁は双方に重い負荷となる。「冷戦期」のような分断では、容易に国境をこえる人類の課題に対処することもできない。

「冷戦後」の秩序とされてきたものは、アメリカを中心とする冷戦の勝者による自らの価値や論理の押しつけにすぎなかったのかもしれない。ウクライナ侵攻により、それすらも終わりがみえ、米国の弱みも自由世界の結束の綻びも浮き彫りになっている。それでも、国連改革を含め、形の見えない「ポスト冷戦後」の新しい秩序を模索する以外に道はないのだろう。


  1. 国連総会は加盟193ヵ国すべてが平等な立場で参加する討議機関。安全保障理事会は拒否権をもつ5つの常任理事国(米英仏中ロ)と2年任期で選出される非常任理事国10ヵ国の15ヵ国から構成され、「国際の平和と安全の維持」に主要な責任を行う。
  2. 「弱まる連帯 国連正念場」『朝日新聞』2022年9月21日朝刊。
  3. António Guterres, "Secretary-General's address to the General Assembly", 20 September 2022,
  4. 「平和希求 最後まで ゴルバチョフ氏死去」『日本経済新聞』2022年9月1日朝刊。
"President of Ukraine Addresses General Assembly Debate" , UN Photo(Unique ID UN7953791)

正躰 朝香 教授

国際関係論

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