ポスト・メルケルのドイツとヨーロッパ国際関係 2021.10.13
ドイツで9月26日実施された連邦議会選挙は、16年にわたり、ドイツの、欧州の顔として重責を担ってきたアンゲラ・メルケル首相の後継を選ぶ「ポスト・メルケル」の総選挙であった。ドイツは議員内閣制で、複雑な比例併用制で各党が最大議席を競うかたちはとるが、各党ともに首相候補を立てての選挙となるため、まさにメルケル後のドイツの顔とその先にある今後のドイツのあり方を選ぶものとなった。同時に、コロナ禍や中国の台頭、BREXITなど、大きく変化する国際関係において、EUがどのようなポジションを確保するのかを左右するものでもあった。
結果はメルケル首相のもと長く与党にあった中道右派のキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)が過去最低の得票率で敗北し(得票率24.1%)、中道左派の社会民主党(SPD)が僅差で上回り(25.7%)第1党となった。いずれも過半数には遠く及ばず、第3党で環境政党の緑の党(14.8%)と第4党の自由民主党(FDP 11.5%)の両方と連立を組むことができなければ政権をとれない可能性が高い。現在は、SPDが緑の党とFDPとの連立(政党のカラーからいわゆる「信号連合」といわれる)を目指して交渉中であるが、脱炭素や減税、対中対ロ関係などで立場の隔たりも大きく、交渉には時間がかかる見通しである。実際、前回2017年の選挙時は連立交渉に6ヶ月を費やした後、結局CDU/CSUとSPDの大連立となった。今回も双方が第3党、第4党との交渉に失敗すれば大連立の可能性はあるが、現状ではどちらもこの選択肢をとるつもりはないとしている※1。
選挙の争点は、「環境対策」「コロナ禍への対応」「格差の拡大」「難民の受け入れ」「デジタル化」と盛り沢山であったが、とりわけ今夏、ドイツ西部やベルギーで深刻な被害と犠牲をもたらした洪水の原因が気候変動にあるとの議論から、環境問題は重要な争点であり、緑の党の躍進に繋がったといえる※2。メルケル首相が支持を大きく低下させる結果となった「難民問題」も引き続き関心をもたれてはいたが、2015年の欧州難民危機からの不満がピークであった2017年に比べれば、コロナ禍で人の移動が制限されたこともあって、むしろ、感染症対策や格差の拡大へと争点が移ったといえる※3。
環境、難民、感染症、格差の拡大と、いずれの論点もドイツ国内の問題であると同時に、その原因も影響もグローバルな相互作用の中にある。もはや国内政治と国際政治を切り離して考えることが不可能である、今日の複雑な国際関係を露わにする選挙でもあった。
世界に目をやれば、米と連繋しながらアジア太平洋を視野にいれるEU離脱後の英国。EU域内でさえ、いわゆる「ヨーロッパ的価値」(自由、民主主義、法の支配)を揺さぶろうとする加盟国がでている現状。非民主主義勢力の覇権的な野心が引き起こす不安定な国際秩序。さらには、天然ガスをはじめ、ロシアとの距離を測りながら難しいかじ取りが必要とされるエネルギー問題。ドイツのみならず、EUが対処すべき問題をあげればきりがない。そのような中で来年はEUの大国、フランスの大統領選挙も控えている。
冷静さに支えられた抜群の安定感のもと、譲れぬ原則を守りつつも柔軟な対応で多国間枠組みでの協調を維持してきたメルケル首相は、東欧諸国にも強い影響力をもち、EU内で圧倒的な存在感を示してきた。ドイツが新しい顔のもと、素早く安定を取り戻し、フランスとの連繋を確固たるものとできるかどうかは、ドイツのみならず、EUのプレゼンス、ひいては国際関係全体のパワーバランスを左右する。ポスト・メルケルが背負わされる期待と責任は余りに大きく、現状でそれに見合う「顔」はみえてこない。しかし、メルケル首相とて最初から現在のような安定感と影響力を備えていたわけではない。難しい局面で、コロナ後の新しいドイツを、ひいては国際秩序の安定を担う次期首相に期待したい。
※1 多党化が進む欧州において、総選挙後の連立交渉の難航はありふれた出来事である。ちなみに選挙後の政権発足までの世界最長記録は、2010年の選挙から17ヶ月以上をかけたベルギーがもつ。
※2 一方で程度の差はあれ環境問題への取り組みはどの党も一定の優先度を謳っているので、当初期待されたほどの追い風ではなかった。まだ緑の党の党首ベアボック氏の学歴詐称問題なども影響した。
※3 今回、(極)右翼政党であるドイツのための選択肢(AfD)は前回より後退した。環境問題が人為的原因であることに異論を唱えたり、非科学的なコロナ対応を主張したりしたことなども理由である。極右政党の動向については、とかく台頭するときのみセンセーショナルに注目されることが多いが、後退した場面でも、その理由や影響を冷静に分析する必要があるだろう。