東京五輪に見る競技スポーツにおける公平性と包摂性のジレンマ 2021.08.23

8月8日に閉幕した東京五輪は、これまでの五輪で最も男女平等に配慮された大会となった。大会組織委員会前会長による「女性蔑視発言」騒動があったものの、最終的に、東京都知事、大会組織委員会会長、五輪担当大臣の日本側のトップ3人が女性で占められたのは、男女平等を掲げる大会理念に基づく布陣となったと言えるだろう。国際オリンピック委員会(IOC)は、東京大会において開会式の旗手を男女のペアが務めることを推奨し、参加するすべての国・地域の選手団に少なくとも男女1選手ずつ出場することを求めた。今大会では約1万1000人の参加選手のうち約49%が女性となり、五輪史上初めて男女「平等」が実現されたと評される1 。従来女性比率が低いことが課題になっていたコーチや審判なども、それぞれ10%から13%に、30%から30.5%に微増した。2

とりわけ、男性から女性へと性別変更したトランスジェンダー選手の女子重量挙げ競技出場は、東京大会のコンセプトである「多様性と調和」を体現するとして注目された。IOCは2015年にガイドラインを改定し、法的に承認された性別区分にとらわれない自身の性自認に基づく出場を容認しており、今回五輪史上初めてトランスジェンダーの選手が自らの性自認に基づく性別カテゴリーで競技に参加した。身体的に優位とされるトランスジェンダー女性の女子競技参加をめぐっては様々な意見があるが、IOCは出場前の1年間、血液中の「テストステロン3 」値が一定以下であることなどを条件に、トランスジェンダー選手の女子競技への出場を認めている。

東京大会は、この新ガイドラインが初めて適用されたケースであるが、他方で同ガイドラインによって性分化疾患(DSDs4 )と見られる女子選手の一部競技への出場が認められないということが起こった。ロンドン、リオで二度の金メダルを獲得したキャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)が陸上女子800メートルに出場できなくなったほか、ナミビアの2選手も陸上の一部種目への参加資格を失った。これらの選手は「女性」として生活し、「女性」の性自認を持つにもかかわらず、テストステロンの値が男性並みに高いために、女子競技に参加することは公平ではないと判断されたのである。

スポーツに男女という出場枠組みが設けられたのは、男性中心の競技スポーツに女性参加を促すためであった。にもかかわらず、新しく設けられた競技における公平性の基準は、包摂される「女性」と排除される「女性」を生み出した。テストステロン値の高い「女性」は、競技参加のためにホルモン値を下げる治療を受けるか、一部の陸上競技種目への出場をあきらめ、基準が適用されない他の種目への参加変更を強いられることになった。トランスジェンダーの女性選手が女性として出場できないのは人権問題であるとされる。だが同時に、DSDsと見られる女性がいわば「女性」であることを否定され、参加資格がはく奪されるのも人権問題とはいえないだろうか。対象となった女性選手のほとんどが検査を受けるまで、自身がDSDsであることに気づいていなかったという。

東京五輪閉幕を待たず、ホルモン値は個人差が大きく、IOCのガイドラインは目的に適していないとして見直しが検討され始めた5 。新たな基準の設定は、そこから外れる別の「女性」の排除を生み出すだろう。LGBTQなどの性的少数者は、男女といった生物学的性や身体的特徴に基づく性(sex)からの解放を訴えてきた。他方で、スポーツ競技における公平性の基準は、男女という性別を前提に設定される。競技スポーツにおいて多様な性を包摂するためには、性別という枠組みを超えた個々人に適合する競技の道を模索する必要があるのかもしれない。五輪競技で選手に男女区別のないのは馬術のみである。まずは競技で用いる道具の重さや距離などの男女間の違いが、科学的に根拠があるかどうかを検証することから始めてはどうだろうか。


  1. Tokyo 2020 Olympic Channel, March 10, 2021. 最終アクセス日:2021年8月16日(本稿の参照資料すべて同様)
  2. IOC, Aug.7, 2021.
  3. テストステロンは、筋肉量を増強するとされる性ホルモンの一種で、女性の分泌量は男性より少ないとされる。
  4. 「染色体や性腺、外性器の形状、膣・子宮などの内性器、性ホルモンの産生などが、男性ならばこういう体の構造でなければならない、女性ならばこういう体の構造でなければならないとされる固定観念とは、生まれつき一部異なる発達を遂げた体の状態」を指す。DSDsについて詳細は、nexdsd JAPANのホームページを参照されたい。
  5. The Guardian, July 30, 2021.

クロス 京子 准教授

平和構築、紛争解決学、人間の安全保障、移行期正義

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