コロナ禍を契機に:グリーン・リカバリーと持続可能な社会の構築に向けて 2021.01.07

2020年を表す漢字は「密」であった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に流行する中で、多くの人たちの活動が制約された年だった。学生の中にも、長期留学のために頑張ってきたが断念せざるを得なかった人や、新しい学生生活を楽しみに入学してきた一年生も、オンライン授業という異例の授業形態に戸惑ったことだろう。

COVID-19の蔓延は国際社会にも大きな影響を及ぼしたことは言うまでもない。国連のモハメッド副事務総長が、コロナ禍によって数百万人が貧困に逆戻りしているとの危機感を示したことは世界に衝撃を与えた。※1 追い打ちをかけるように、国連開発計画総裁アヒム・シュタイナー氏も2009年の世界金融危機などと比べても、COVID-19はこれまでの動向を一変させてしまうかもしれない、という見解を述べている。※2 実際に、世界の教育、健康、生活水準を総合した尺度である人間開発指数(HDI)において、測定を開始した1990年以来、初めて後退する可能性があると予測され、国際社会の行く末が案じられている。※3

持続可能な社会の構築を目指して2015年に採択された、持続可能な開発目標(SDGs)も例外ではない。「SDGs報告2020」によると、COVID-19の蔓延により、「世界の貧困はこの数十年で初めて増加し、新たに7,100万人が極度の貧困へと追いやられる」ことをはじめとして、「医療の混乱により数十年の進歩が逆戻りする恐れがある」、「教育分野の数年分の前進が帳消しになる」といった悪影響が報告されている。※4

このように、国際社会に暗い影を落としつつあるCOVID-19の世界的感染拡大は、今後、持続可能な社会を構築する上で障壁となり続けるのだろうか?その答えは、NOである。むしろ、このコロナ禍を「契機」として、より持続可能な社会の構築を目指す動きにも目を向けなければならない。よくよく考えてみれば、「コロナ禍前の世界」は、環境汚染が進み、社会的経済的格差も是正されない歪んだ世界であったとも言える。このような世界にあえて戻すのではなく、今後はこれまでよりもより良い社会へと変革していこうという動きが世界各地で広がっている。

このような動きは、「グリーン・リカバリー(green recovery)」と呼ばれる。この最たる例が2020年5月に欧州委員会から発表された欧州復興計画の一つである「Next Generation EU」の創設であろう。「次世代のための復興と準備(repair and prepare for the next generation)」を掲げ、総額で7,500億ユーロ(約90兆円)の大半を「グリーンディール」(環境を保全しながら経済成長を目指す、新たな成長戦略)関連に当てている。※5

フランスでは、コロナ禍にあっても環境分野への投資を継続し、再生可能エネルギー事業のさらなる推進を表明している。※6 ヴォクリューズ県では、電力の価格を一定期間国が保証する「固定価格買い取り制度」の拡充が後押しとなり、ブドウ畑に人工知能を搭載した太陽光パネルが設置された。※7 太陽光パネルで発電された再生可能エネルギーを売電することで、設備投資分が回収できるばかりか、気象状況によって自動で角度を調整する太陽光パネルが、強烈な日差しや雹に弱いブドウを守り、品質や生産量を確保する。このような再生可能エネルギーの推進と地元の産業維持を両立させた動きは、持続可能な社会経済システムへと導く起爆剤になるだろう。

「ひとは痛い目を見ないと行動に移せない」というが、この痛みを、今こそグリーン・リカバリーの契機とするべきではないだろうか。

  1. NHK「国連SDGsコロナで後退『数百万人が貧困に逆戻り』危機感示す」最数アクセス日:2021年1月5日(本稿の参照資料すべて同様)
  2. UNDP駐日代表事務所
  3. UNDP(2020) ‘COVID-19 and Human Development: Assessing the Crisis, Envisioning the Recovery’.
  4. 国連広報センター「SDGs報告2020」
  5. European Commission, ‘Europe’s moment: repair and prepare for the next generation’ .
  6. The economic times, ‘France approves 1.7 GW of wind and solar power projects’.
  7. NHK「環境で経済成長を:ヨーロッパの新戦略」
 

井口 正彦 准教授

グローバル・ガバナンス論

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