2020(令和2)年度 過去の研究会詳細

2020年(令和2)年度 第3回研究会

日時 2020(令和2)年11月25日(水)
14:00~18:00
場所 第2研究室棟会議室

発表者及びテーマ

1. 森 博達「『日本書紀』区分論と仏教漢文」

まず自己紹介を兼ねて、日本書紀区分論についての私見を纏めた。書紀30巻は表記の性格によってα群・β群・巻30に三分される。その文章には仏教漢文の影響も見られる。 仏教漢文の語法特徴の中で、書紀に現れている特徴は、⑥四字格・⑦排除の介詞「除」・⑧受身「所V」・⑨完成態「V已」・⑩「SN是」式判断句・⑪原因の「~故」である。②③⑤⑦⑩はβ群に、①④⑥⑧⑨⑪はα群にそれぞれ偏在していた。この他、β群に偏在する4種の奇用、「因以(接続詞)」「有~之情」「V之日」「爰(助詞)」も仏典表現であることが分かった。 私見ではβ群の述作者は山田史御方である。御方は新羅に留学し、帰国後還俗して大学で教えた。仏教漢文の存在は彼の経歴からも首肯される。一方、α群の仏典表現や誤用・奇用は特定の記事に集中する。α群は本来、正格漢文で綴られた。しかし編修の最終段階で、三宅臣藤麻呂がα群を中心に特定の記事に加筆した。御方と同じく藤麻呂も移民系氏族であるが、その文章から仏典に親しんでいたことが分かる。

2. 鈴木 孝明「日本語の格をめぐる母語獲得研究」

動詞意味獲得の初期段階において、子どもは統語的情報を利用するという統語的ブートストラッピングの仮説を日本語で検証した。英語を母語として獲得する子どもは、使役または非使役事象を提示しながら他動詞文または自動詞文に含まれる造語動詞を学習させると、他動詞と使役、および自動詞と非使役を結びつけることができると報告されている。項の脱落が許される日本でも統語的情報から動詞の使役性を学習できるのかどうかダイアログ法による調査を行なったところ、日本語を獲得する27ヶ月児は、他動詞文と使役、および自動詞文と非使役を結びつけることができただでなく、主語が省略された「XをV」のような他動詞文も使役と結びつけることができた。これらの結果は、統語的ブートストラッピングの普遍性を示しているだけでなく、日本語特有の手がかりである格助詞を利用した動詞の意味学習が比較的早い時期から行われている証拠だと考えられる。この他、近年、私が行なってきた日本語の格をめぐる母語獲得研究についての概略を発表した。

2020年(令和2)年度 第2回研究会

日時 2020(令和2)年10月7日(水)
14:00~18:00
場所 第2研究室棟会議室

発表者及びテーマ

1. 吉田 和彦「比較言語学の陥穽」

ギリシア語 -μαv、ヒッタイト語 -(h)hahat(i)、リュキア語 -χagãという1人称単数中・受動態過去語尾は一見したところ規則的に対応し、基本語尾 *-h2eが反復した *-h2eh2eという祖形に遡るように思える。しかしながら、これらの3つはそれぞれの言語内部の歴史のなかで二次的につくられた形式である。その主たる理由は、基本語尾 *-h2eが反復される形態変化は後期ヒッタイト語の時期に顕著にみられるが、反復語尾だけでなく非反復語尾も存続しており、両者のあいだには機能的差異がないことにある。もし印欧祖語やアナトリア祖語の時期に反復語尾がつくられていたと想定するなら、数千年もしくは1千年以上にわたって反復語尾と非反復語尾が自由変異の関係にあったことになる。このようなきわめて進行速度の遅い言語変化は想定できない。

もとより祖語の再建という目標に向けて、比較方法がきわめて重要な役割を果たすことは言を俟たない。そして、比較方法を適用するときに、祖語の特徴をできるだけ多く導き出したいという思いに駆られることもある。しかしながら同時に、比較方法には限界があるということを認識する必要がある。

2. 島 憲男「ドイツ語の構文研究:結果構文のネットワーク構造を中心に」

発表者がこれまで分析をしてきたドイツ語の諸構文の中から「結果構文」を中心に取り上げた。結果構文内で仮定した計8種のサブタイプの構造を提示するとともに、サブタイプ間を有機的に関連づける関係性を提案した。具体的には、結果構文は「他動詞型のコード化」と、「自動詞型のコード化」に大別される一方で、構文中の主動詞に注目すると、他動詞領域にも自動詞領域にも生起するため、2つの領域の間の関連性を視野に入れ、(a) 結果構文の中に生起する形容詞(結果述語)[・対格目的語]・主動詞がそれぞれどのような文法的変化を被るのか、(b) 結果構文中の結果述語はどのような機能を有しているのか、(c) 結果構文という統一的な文法的範疇の中で他動詞領域と自動詞領域はどのように互いに結びついていると考えられるかについての研究結果を提示した。同時に、「結果挙述の目的語(被成目的語)」や「同族目的語」との関係にも触れ、構文横断的に観察されている他動詞・自動詞領域に渡って存在する構文間の関連性・連続性にも言及した。

2020年(令和2)年度 第1回研究会

日時 2020(令和2)年7月22日(水)
14:00~18:00
場所 第2研究室棟会議室

発表者及びテーマ

1.梶 茂樹「共時的言語を通時的に見る:ウガンダ西部のバンツー系諸語の声調に関連して」

ウガンダ西部には北からニョロ語、トーロ語、アンコレ語、チガ語という系統的に近い4つの言語が話されている。いずれもニジェール・コンゴ語族の中のバンツー系の言語である。語彙、文法に関しては共通性が高く相互理解度は高いが、声調に関してはお互い異なる。本報告では、これらの言語における声調体系の歴史的発展を共時的記述により跡付けることを目的とした。これらの言語は、いわゆる無文字言語であり文献はなく、データはすべて報告者が現地フィールド調査により得たものである。なお、考察にはアンコレ語に接してタンザニア領で話される同じ系統のハヤ語も加えた。

ハヤ語を加えた5言語の声調体系は、概ね南から北に行くに従って単純化する。すなわち、ハヤ語が最も声調のパターンが多く、あたかも日本語東京方言のようなn+1型を示し(nは単語語幹の音節数)、そしてそのパターンは単独形でもお互い区別される。その北のアンコレ語とチガ語は同じくn+1型ではあるが、単独形では一部のパターンが中和する。そして、その北のトーロ語は1型、そしてトーロ語の北のニョロ語は2型である(そのさらに北は系統の異なるナイル・サハラ系の言語が話されている)。すなわち、これらの言語の声調体系はハヤ語、アンコレ語・チガ語、ニョロ語、トーロ語の順に単純化していったと推論できる。

2. 北上 光志「テキスト言語学の観点からのロシア語副動詞の研究」

ロシア語副動詞はもっぱら文章語で用いられ、テンス・ヴォイス・ムードを表わす形式を持たず、アスペクトを表わす形式(完了体と不完了体)だけを持ち、文脈によって様々な意味を表す。現代の規範文法では、完了体副動詞は動詞の過去語幹から作られ、不完了体副動詞は動詞の現在語幹から作られる。ところが、18世紀から19世紀にかけて完了体副動詞において現在語幹と過去語幹の両方を有している副動詞が多くの文学作品で用いられている。同一アスペクトで時制の対立のない完了体副動詞二形(完了体副動詞現在形と完了体副動詞過去形)は入れ替えても意味は変わらない。にもかかわらずこの二形の使い分けがなされている。この使い分けについての従来の研究は不十分である。この問題をテキスト言語学および意味論の観点から分析、考察し、次のことを明らかにした:完了体副動詞現在形は、完了体副動詞過去形よりも、物語の山場に多く用いられ、また、意味的他動性の弱い動詞から作られている。このことにより、テキスト言語学と意味論の研究に新たな可能性を提示することができた。

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