構造的変化に直面するアメリカ~長期化する政治・社会の「分極化」を超えて~ 2023.11.20

2023年も残すところあとひと月余りとなったが、国際社会は紛争・軍拡・環境破壊・食糧エネルギー危機などによって一層不透明感を増している。これまで国際秩序の安定を中心的に担ってきたG7先進国は、中露などの現状変更勢力や「グローバルサウス」の台頭を受けて、未だ有効な方策を提示できていない。とりわけ長年G7の中核を担ってきたアメリカは、オバマ政権期に「アメリカは世界の警察官ではない」と明言し、外交政策上大きな軌道修正を行なった。その傾向は、皮肉にもオバマ政権を酷評したトランプ政権のもとで一層顕著となり、バイデン政権移行後に改善が見られつつあるものの、慎重かつ選択的な対外関与の傾向は揺らいでいない。紙幅の関係から、全ての問題を扱えないが、ここでは、現在アメリカが直面している国内での構造的変化について瞥見してみたい。

国内政治における構造的変化

民主党と共和党の「分断状況」が恒常化しているが、とりわけ深刻なのが、共和党が多数派を占める連邦議会下院の漂流である。共和党穏健派と保守強硬派の対立を背景に、米国史上初めて下院議長が解任され、後任選定に時間を要し機能不全に陥った。下院は政府予算について先議権を有しており、暫定予算(つなぎ予算)やウクライナ・イスラエル支援などの審議に支障を来しかねない。さらに、連邦支出の増大をめぐる内政上の混乱は、外交や安全保障政策の柔軟性までも阻害しつつあり、懸念が高まっている。

国内経済における構造的変化

コロナ危機以降の急激なインフレ拡大に、ようやく収束の兆しが見え始めている。バイデン政権は、インフラや半導体への投資を打ち出し、経済への政策的梃入れをめざしている。また、経済安全保障の重視や製造業の国内回帰などに代表されるように、経済のグローバル化への修正という点でも明らかに構造的変化が見られ始めている。来年には緩やかな景気後退が想定されるなか、インフレに苦しむ国民にとって経済問題は大統領選挙での最大の争点となりかねない。

国内社会における構造的変化

最も注目すべき点は、おそらく人種構成の著しい変化であろう。人種構成の変容は、着実にアメリカ社会の構造的変化を促している。白人のマイノリティー化が進行する一方、中南米などからの大規模な移民流入によってラティーノ(ヒスパニック系)の激増傾向が顕著となりつつある。さらに、同じラティーノであっても、既得権益を有する旧移民と職を求める新移民との軋轢がみられ、支持政党の違いにも表れ始めている。

2024年大統領選挙に向けて

連邦議会下院の漂流は、下院共和党の内部対立が議長解任にまで波及し、法案の審議遅延をもたらすなど、想定を上回る事態へと発展した。中長期的に見た場合、共和党の構造的変容は、アメリカ政治に少なからぬ変化を及ぼすのではなかろうか。民主党は「急進左派」、共和党は「保守強硬派」という火種をそれぞれ内部に抱えている。このような状況下において、年明け以降本格化する大統領選挙戦で候補者たちがどのような戦いを進めるのか、その動向が大いに注目される。

以上に見たように、現在アメリカは国内での構造的変化に直面している。そのいずれもが中長期的課題であり、解決や対処には困難が伴う。同時に、その構造的変化は、国際社会における構造的変化と相互に影響を与えながら連動して展開していくであろう。アメリカの政治学者ロバート・パットナムは、近著のなかで、19世紀末から20世紀を通じ、アメリカは「個人主義的な時代」と「共同体主義的な時代」という二つの理想の間を行き来したとし、転換点としての革新主義時代(1900-1917)の重要性を指摘している※1。奇しくも、ほぼ1世紀を経て、アメリカは個人的自由がもたらしたよき成果を害することなく、「共同体主義的な時代」を模索できるかどうかという局面に差し掛かっていると言えるのかもしれない。それは、多民族国家アメリカにとっての試練でもあり、同時に未知なる可能性でもある。


  1. Robert D. Putnam and Shaylyn Romney Garrett, The Upswing: How America Came Together a Century Ago and How We Can Do it Again. New York: Simon & Schuster, 2020 (ロバート・D.パットナム, シェイリン・ロムニー・ギャレット著, 柴内康文訳『上昇 (アップスウィング) : アメリカは再び〈団結〉できるのか』創元社, 2023年).

高原 秀介 教授

アメリカ外交史、日米関係史、アメリカ=東アジア関係史

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