東南アジアとのつながりを深める台湾 2023.11.01

国際社会の中の台湾

国際社会の中で、台湾(中華民国)を国家として認める国は、2023年10月現在わずか13カ国しかない。世界の200近い国のほとんどが、中華人民共和国を正統な「中国」として国家承認しており、「中華民国」とは外交関係を持っていない。1949年以来、中華人民共和国が大陸に、中華民国が台湾に併存して対立する状況が続いているが、この74年間は、台湾にとっては外交関係のある国をひとつ、またひとつと失い続ける歴史でもあった。

東南アジアから台湾へ

現在、東南アジアの国々で、台湾と正式な外交関係を持つ国はない。しかし近年、ベトナムやインドネシアなど東南アジア諸国から台湾に移ってくる人びとが台湾社会で存在感を増している。東南アジア諸国から台湾への移民の大きな特徴は、9割以上が女性だという点である。彼女たちが台湾に来る理由は、台湾人男性との国際結婚のため、あるいは少子高齢化の深刻な台湾で介護・福祉分野の出稼ぎ労働者となるためである ※01。台湾の婚姻状況を見てみると、2001年から2022年までに台湾で登録された結婚件数の合計は3,156,862件で、そのうち、東南アジア諸国出身の女性は168,820人、全体の約5.3%を占めている ※02

彼女たちのように東南アジアから、あるいは中国(香港・マカオも含む)などから新たに台湾に移民してきた人々は、「新住民(新移民)」と総称され、その総数はすでに約57万人に達している ※03
台湾社会は、もともと台湾島に居住していた先住民族、そして清代に福建・広東から流入した漢族移民の子孫たち(本省人)、日本による統治終了後に国共内戦に敗れて国民党とともに台湾に移転してきた人々(外省人)など、たび重なる人の流入によって形成されてきた。そこに現在、さらに中国や東南アジアなどからの「新住民」が加わっている。人口構成でみると、台湾の総人口は約2,319万人(2022年6月)で、新住民の数はその約2.5%にあたり、先住民族とほぼ同じ割合を占めていることになる。 また、こうした現象にしたがって、ルーツを東南アジアにもつ子どもたちも増加しつつある。2004年から2022年までの18年間の統計を見てみると、この期間の台湾の出生数の合計は3,656,984人で、そのうち東南アジア諸国出身の母をもつ子どもの数は149,182人、台湾の全出生数の約4%にのぼる ※04。筆者の台湾人の友人が、台北の小中学校では1クラスのうち少なくとも何人かは東南アジアなど外国にルーツのあるお母さんをもつ児童がいて、それが普通になっていると話してくれたが、それは統計からも裏付けられる。

「新南向政策」

こうした「新住民」および二世の子どもたちに対しては、偏見を持たれた時期もあったが、現在では逆に歓迎され、さらに積極的な受け入れが推進されている。とりわけ現在の蔡英文総統によってその方針が進められた。 蔡英文氏は2016年に総統に就任するとすぐに、東南アジア、南アジア、オセアニアとの関係強化をめざす「新南向政策」を打ち出した。新南向政策には、(1)経済貿易協力(2)人材交流(3)資源共有(4)地域連結という4つの柱がある。それぞれの詳しい内容は割愛するが、(2)の人材交流について、「新南向政策」※05の公式英文リーフレット を見ると、対象国からの留学生が申請できる奨学金を準備するなど、幅広く受け入れに力を入れていることがわかる。また、新移民の二世たちが、親の出身国に一定期間滞在して伝統や文化を学ぶことも奨励されている。なぜなら、「そうすることで、移民二世は自らの伝統についてよりよく学ぶことができ、その後、台湾の企業や人々が言語、文化、習慣を理解する際にその手助けをし、台湾とこれらの国々との架け橋となることができる」からである。台湾に同化させるのではなく、むしろその出身国の文化を保持してほしいということである。これはなぜだろうか。

台湾にとってのメリット

このような「東南アジアルーツ」の「台湾人」は、今後の台湾において大きな重要性を持つことが予想される。実際、2016年にはカンボジア出身の華僑の女性で台湾人との国際結婚で台湾に渡ってきた林麗蝉氏が、新移民として初の立法委員(日本の国会議員に相当)となって話題をよんだ。
蔡英文政権がこうした流れを促進させようとしてきたのは、この新たな人の国際移動が国際社会における台湾にとっても大きなメリットとなるためである。冒頭に述べたように、国際社会の中で台湾は不安定な位置にあり、東南アジアの国々で、台湾と正式な外交関係を持つ国は一つもない。しかし、公式な外交を行うことができなくても、東南アジア出身者を数多く台湾社会に招き入れることによって、人的な紐帯を作り上げることは可能である。新移民の人びとが出身国との関係を維持することは、彼らにとっての幸福であるのみならず、国際社会において不安定な位置にある台湾にとってのプラス材料でもあるのだ。
従来は「中国」との関係においてのみ自己を認識せざるを得なかった台湾は、ここで新たに「南」に向かうことで、中国との関係性を相対的に薄めようとしていると見ることができる。
台湾は2024年1月に総統選挙を迎える。蔡英文総統の後任が誰になるのか、そして中台関係はどうなるのかに注目が集まっているが、台湾社会はつねに変化を続けていることにも目を向ける必要があるだろう。


  1. 台湾の国際結婚ブームは1980年代初頭にはじまり、1990年代後半から2000年代前半にかけてピークとなった。横田祥子「東南アジア系台湾人の誕生——五大エスニックグループ時代の台湾人像」(陳來幸・北波道子・岡野翔太編『交錯する台湾認識—見え隠れする「国家」と「人びと」 』勉誠出版、2017年)、143頁。
  2. 「出生数按生母原属国籍分〔母親の原国籍別出生数〕」(中華民国内政部戸政司、2023年2月https://www.ris.gov.tw/app/portal/346)。さらに2013~2022年の外国人配偶者の帰化・国籍取得人数 を見てみると、総計は35,812人で、うち男性は1,616人なのに対し、女性は34,196人で総計の約95%を占めている。外国人配偶者の出身国別にみると、人数が多い順に、ベトナム(26,543人)、インドネシア(3,691人)、フィリピン(3,175人)、タイ(753人)、ミャンマー(378人)、マレーシア(274人)と、東南アジア諸国出身者が圧倒的に多いことがわかる。いずれの国においても、女性の割合が極めて高く、たとえばベトナムでは26,543人のうち実に26,112人が女性である。「国際戸籍遷入及遷出(〔民国〕102年至111年外国人為国人之配偶帰化、取得国籍人数統計表)〔国際的な戸籍の移動(2013~2022年に結婚により帰化して国籍を取得した外国人数)〕」(中華民国内政部戸政司、民国112年1月6日)。このデータは婚姻により「中華民国」籍を取得した外国人の出身国別統計で、「中華人民共和国」出身者は含まれていない。
  3. 中華民国(台湾)外交部『2022-2023 TAIWAN 台湾のしおり〔日本語版〕』(2022年)16ページ。
  4. 前掲「出生数按生母原属国籍分」。同期間に生まれた外国出身(中国大陸および香港・マカオを含む)の母親を持つ子どもの数の合計は295,674人で、そのうち東南アジア諸国出身の母を持つ子どもの数が約50%を占める。
    “An introductory guide to Taiwan’s new southbound policy,” 2017.09.19
台北駅構内。休日の朝、外国人労働者たちが同郷の友人たちと会うために集まりはじめている。しばらくするとホールを埋め尽くすほどになり、おしゃべりに花を咲かせるのが彼女たちの癒やしのひとときとなっている。(須藤撮影)

須藤 瑞代 准教授

中国近現代史、東アジア国際関係論

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