インフレ退散の願い2023.07.24
世界の経済状況を中小企業視点でみる
日本でもいよいよマスク姿が少なくなり、ここ京都では4年ぶりに完全復活した祇園祭に観光客が押し寄せ、立錐の余地もないほど賑わっている。社会を苦しめた約3年間のCOVID19禍とは一体何だったのかと首をかしげたくなる日常である。また、COVID19禍が収束しないうちに勃発したロシアによるウクライナ侵略も相まって、世界的なインフレが起き、スーパーに行けば値札とにらめっこすることが多くなったものの、それでも街中には悲壮感は無く、平穏な日常が展開されている。
しかし、世界のニュースに目を凝らしてみると、「倒産件数が急増」「10%超の高インフレ」「金利上昇による景気の腰折れ」「人手不足」など世界の経済状況は必ずしも良いものではないことが分かる。中でも特に悪影響を受けているのは経営体力が劣る中小企業である。本稿ではEUの中小企業の景況感を紹介することで、日本の日常生活ではあまり実感することのない世界の経済状況を覗いてみたい。
価格転嫁できるか否か
欧州中小企業連合会が定期的に会員向けアンケートを行っており、最新の結果を2023年3月に発表している※1。2022年後半、中小企業の売上高や受注は減少した。これは家計の購買力が落ちたことが主な原因としている。中小企業はこの需要減を補うために製品価格に転嫁しているようで、この点は日本の中小企業が価格転嫁になかなか踏み切れないといった事情とは異なる。EUの中小企業は2023年前半も価格転嫁を続けており、それがさらなる物価上昇を招き、消費者は高止まりするインフレを甘受せざるを得ないようだ。また、観光業などの労働集約的なサービス業は、人手不足と賃金上昇の「二重苦」に直面している。これは観光地京都でも時折目にするニュースである。
落ち込むEUの景況感
EUの中小企業全体の景況感※2は、COVID19禍の緩和期待もあり、2021年後半には75.2と急回復したが、その後のサプライチェーンの混乱、人手不足、ウクライナ侵攻によるインフレや貿易制限などが影響し、緩やかに下落し、2023年前半(見通し)は71.3に落ち込んだ。同連合会は、「不景気に入るベースラインの70に近づいている」と警戒する。同連合会は、EUや加盟国政府に対して、インフレ対策(特にエネルギー価格の安定)、倒産急増を回避する対策、復興・回復ファシリティー(RRF)によるデジタル・グリーン化への投資促進、第三国市場(海外)でのレベルプレイングフィールド※3の確保を要望している。また、EUは2023年6月の中小企業年次報告書※4において、「支払い遅延問題」を取り上げている。2021年には平均64日間の売掛金回収期間であったものが、2022年にはインフレやGDP成長率低下によって合計3.1日間の追加の回収遅れが生じているとしている。これは資金繰りに余力が少ない中小企業にとっては死活問題である。
どうなる日本経済?
紙幅の制限もあり、EUの中小企業を取り巻く経済情勢のごく一部しか紹介できなかったが、世界の常識として、中小企業は企業数・雇用数・付加価値創出において大宗を占め「経済の屋台骨」であると言われる。すなわち、中小企業の動向は景気に直結するのである。EUの中小企業の景況感をみても分かるように、世界経済の状況は決して楽観視できない。翻って日本の中小企業を取り巻く経済状況はどうであろうか。堅調であろうか、はたまた不景気の入り口に立たされているが、その兆候に気が付かないだけであろうか。これまた調査の一例であり、総合的な判断をするには足りないが、参考として日本における中小企業の景況感調査を貼り付けておく。読者の判断にお任せしたい。
祇園祭は平安時代に疫病退散を祈願して始まったそうだ。COVID19という疫病は退散しつつあるが、インフレもついでに退散させてくれないかと、窓から流れてくるお囃子の音に密かな願いを込め、筆を置きたい。
- SME United(2023),“The SME Business Climate Index and EU Craft and SME Barometer Spring 2023”
- 景況感指数は業績の実績・見通しが「ポジティブ」または「堅調」と回答した会員企業数の割合を示す。最大値100(全ての企業がポジティブ/堅調と回答)から0(全ての企業がネガティブ)で表される。実施団体は70以下が不景気に入るベースラインとしている。
- レベルプレイングフィールドの概念については、拙稿「“Level Playing Field”の覚悟 2021.05.11」を参照
- European Union(2023),“Annual Report on European SMEs 2022/2023”