グローバル・サウスとG7 2023.05.30

重みを増すグローバル・サウス

昨今、「グローバル・サウス」という言葉をしばしば目にする。 わが国の岸田首相は今年1月4日の年頭記者会見のなかで「対立や分断が顕在化する国際社会をいま一度結束させるために、グローバル・サウスとの関係を一層強化し、世界の食料危機やエネルギー危機に効果的に対応していくことが求められます」と発言している。また、今年1月23日に行われた施政方針演説でも「世界が直面する諸課題に、国際社会全体が協力して対応していくためにも、G7が結束し、いわゆるグローバル・サウスに対する関与を強化していきます」と述べていた。
インド政府も1月12日と13日の2日間、約120ヶ国の代表を招待してオンライン会合「グローバル・サウスの声サミット」を開催した。
このグローバル・サウスは、5月開催のG7広島サミットにおけるキーワードにも位置づけられ、同サミット公式ウェブサイト(日本語版)の「重要課題」にも「グローバル・サウスへの関与の強化:エネルギー・食料安全保障を含む世界経済や、気候変動、保健、開発といった地球規模の課題へのG7としての対応を主導し、こうした諸課題へのG7による積極的な貢献と協力の呼びかけを通じ、グローバル・サウスと呼ばれる国々への関与を強化する」と明記されている。
ところが、4月18日に発表されたG7外相声明では、このグローバル・サウスという文言が一切使われず、広島サミットにおける首脳声明でも使用されないことになった。そもそもグローバル・サウスとはどういう概念なのだろうか?

グローバル・サウスとは?

グローバル・サウスには明確な定義がなく、時と場合に応じ、また使用者によって拡大解釈されたり狭義に用いられたりしており、学術用語というよりも政治的な言葉のようだ。それでもおおよその概念を示せば、「南半球を中心とした新興国・途上国」ということになるだろう。
「サウス(南)」とは南北問題における「南」、すなわち経済的に比較的貧しい国家を意味する。冷戦後の1990年代以降、グローバル化の恩恵を受けられず、取り残された人々や国に対し、一部の研究者が「グローバル・サウス」という言葉を使うようになったのが始まりとされる(『朝日新聞』2023年5月4日、大野泉氏(政策研究大学院大教授)記事)。 当初は経済的側面に注目したニュートラルな用語だったようだが、それがだんだん政治色を帯び、冷戦時代の「非同盟諸国」や「第三世界」の現代版のような言葉となっているといえるだろう。
「非同盟」や「第三」には、東西冷戦のどちらの陣営にも属さない独立自主の意味が込められていたが、現在のグローバル・サウスには、〈欧米日など先進民主主義国VS.専制主義的な中ロ〉の対立という図式のなかで、そのどちらにも与しないという意味合いがあるように思われる。
ということは、中国やロシアはグローバス・サウスではないのか。むろん地理的にはどちらも「サウス」ではないが、それでも両国ともグローバル・サウスを牽引するリーダー的な地位を望んではいる。BRICS5ヶ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)がグローバル・サウスの先頭に立ちたいと望んでいるわけだが、グローバル・サウスを味方につけたい日本などはロシアと中国を除外して用いているし、自らをグローバル・サウスの一員であると認識している国々としても、政治的中立を掲げた方が得策と考え、自由民主主義陣営に敵対する中ロを自分たちの仲間に加えることには消極的なようである。
現在はインドが自他共に認めるグローバル・サウスのリーダー格となっている。そして中南米ではブラジル、アフリカでは南アフリカがグローバル・サウスの地域的リーダーといえそうだ。中東は、トルコやサウジアラビアがその代表国となりつつある。

G7が「グローバル・サウス」という言葉を封印する事情

G7のなかで「グローバル・サウス」という語を使うのは、「南半球の人たちに対して上から目線ではないか」との問題提起があったという(『日経新聞』2023年4月19日)。そこで、代替案として「パートナー」という言葉に置き換えることになった由である。
この「パートナー」も、以下の3つのカテゴリーに分類されるとのことだ。第1に「地域のパートナー」。これは中ロへの傾斜からG7が守らなくてはならない東南アジアやインドを指す。第2に「志を同じくするパートナー」。これは食糧難からロシアへの依存を高めつつあるアフリカや中東の諸国を念頭に置いている。そして第3に「意思のあるパートナー」。これはロシアのウクライナ侵攻や中国の軍備増強に反対し、G7とともに「法の支配に基づく国際秩序」の側につく国々である(『日経新聞』2023年4月22日)。
「パートナー」の3分類を見ると、グローバル・サウスが一体化するのを防ぎ、場合によってはその切り崩しを図っているように見えなくもない。これは推測になるが、G7内の「上から目線」云々の議論は表向きのものであって、実際にはグローバル・サウスが結束し、中国やロシア寄りに傾く事態を懸念しているとも考えられる。
現にグローバル・サウスには、その兆しが見えている。たとえばウクライナからのロシア軍即時撤退を求める国連決議(2023年2月23日)において、アフリカ54ヶ国中、これを支持したのは30ヶ国だった。つまりかろうじて半数強の賛成しか得られず、他は中立もしくはロシア寄りの姿勢を示したのである。
アフリカの多くの国がロシアの軍事協力や食糧供給、そして中国の経済支援を受けていることが背景にあると思われる。グローバル・サウスのリーダー格であるインドも伝統的にロシアとの友好国であり、サウジアラビアとイランを和解させた中国も、その影響力を中東に浸透させつつある。中南米では台湾と断交し、中国と国交を結ぶ動きも広がっている。

G7はグローバル・サウスを味方にできるか?

日本外務省のある幹部は、世界の国々の数が概ね「西側90、中間60、中ロ側40という状況」に分かれてしまっていると指摘している(『朝日新聞』2023年4月19日)。中間に属する60ヶ国をどうG7が取り込めるか。そのためにいかなる策を打ち出せるのか。それが広島サミットの見所の一つだった。サミットにブラジル、コモロ、クック諸島、インド、インドネシア、ベトナムといったグローバル・サウスの国々を招待したのも、その支持をとりつけるためであったことは明らかだ。
日本外務省のウェブサイトに掲載されている広島サミットの各種文書を見れば、グローバル・サウスへの支援策が随所に盛り込まれていることがわかる。「首脳声明」の前文にも、ロシアによる戦争が引き起こした苦難にあえぐ「世界中のパートナー」に対し、人道支援をはじめとする支援策を講じることが約束されている。
「セッション4」は、「パートナーとの関与の強化(グローバル・サウス、G20)」を主題とし、そこでは途上国や新興国が「直面する様々なニーズに応じ、きめ細やかに対応するアプローチをとること」の重要性が述べられるとともに、今年9月の「G20ニューデリー・サミットに向けて、議長国インドを積極的に支えていくことについて一致」をみた。
急遽来日したウクライナのゼレンスキー大統領とインドのモディ首相による会談が実現したことは、G7とグローバル・サウスの大きな歩み寄りを示す象徴的な意味合いがあったといえよう。というのは、インドはロシアを非難する国連決議を棄権していたからである。そのインドとウクライナのトップ同士の固い握手と会談は、話し合いの中身が何にせよ、G7が掲げるウクライナ支援への力添えになったことは間違いないからである。
とはいえ、グローバル・サウスの国々は、自由や人権などの普遍的価値観や民主主義といった理念によって結び付いているわけではない。それらの国々の動向は実利により左右される。G7が中国やロシアと張り合いながら、グローバル・サウスを味方にしてゆくプロセスは平坦でない。そこには「法の支配」や「自由で開かれた国際秩序」という名目だけでは律しきれない困難が待ち構えているように思われる。

河原地 英武 教授

ロシア政治、安全保障問題、国際関係論

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