21世紀の国際安全保障 2023.03.08

国際安全保障今昔

「21世紀の国際安全保障」と言うと何を思い浮かべるでしょうか。ロシアのウクライナ侵攻でしょうか。米中新冷戦でしょうか。筆者は2010年にこのタイトルの論文を書いています。しかし当時の「21世紀の国際安全保障」と言えば、冷戦終結後に目立った各地の内戦や2000年代以降のテロリズムを多くの人は思い浮かべました。

そのような国際情勢のなかで、拙稿は国家間関係を21世紀の国際安全保障問題として取り上げています。中でも北大西洋条約機構(NATO)を念頭に置きつつ、多国間同盟のメンバー拡大が国際安全保障にどのような影響を与えるかを分析しています。まさにウクライナ侵攻以後、世界の注目を集めるようになったテーマです。しかし残念ながら拙稿は当時、関心をあまり集めなかったように思います。もちろん筆者も10年以上先の出来事を予測していたわけではありません。とはいえ、冷戦時代の軍事関係が21世紀に至っても重要であることを強調した拙稿は的外れではなかったと考えています。

ここでは、ウクライナ侵攻に至ったロシアの行動と国際安全保障体制の今後のあり方に対する含意を、拙稿の分析結果から導き出したいと思います。

ウクライナ侵攻は必然的帰結?

分析では同盟関係を数式で表し、その操作から国家行動に対する含意を導き出しています。分析を読み直すと最初の含意として「相手側の同盟がメンバーを増やすと、こちら側は軍事活動を必然的に強化する」ことが導かれています。ウクライナ侵攻直前にはアメリカの中央情報局(CIA)は具体的に侵攻計画を把握し、ゼレンスキー政権も侵攻を覚悟していました。他方で報道では「まさか21世紀にそんな戦争はないだろう」という楽観的な解説が目立ちました。しかし侵攻は、個々の証拠が示す以前に当時の国際安全保障体制の大局的な状態からみて、理論的にはすでに起こりうるものであったことを分析は示しています。ましてや状況は楽観すべきものではなかったと言えます。

同盟以外の国際安全保障制度

国家間の安全保障制度には、同盟以外にも協調的安全保障と呼ばれるものがあります。欧州においては、NATO諸国とロシア双方を含み、多くのヨーロッパ諸国が参加する欧州安全保障協力機構(OSCE)が代表的なものです。協調的安全保障の要目は、必ずしも関係が良好ではない国々が対話その他のコミュニケーションと交流を行い、それによって互いの信頼を醸成し、その結果当該国間の対立を緩和しようとするという点にあります。したがって、OSCEは協調的安全保障の典型ではありますが、要人会談・会合、軍事交流、民間交流を始めとするさまざまな信頼醸成措置は協調的安全保障と言うことができます。協調的安全保障は同盟に比べれば、安全保障上の強制力を持ちません。しかし、信頼醸成措置の積み重ねが国際平和に影響を与えることもまた事実です。

国際安全保障体制への示唆

分析はその効果についても示唆を与えています。上で「NATO加盟国拡大によってロシアがウクライナに侵攻する可能性は理論的にも高かった」と述べました。実はこれには前提があります。それは国際安全保障体制において「協調的安全保障の役割が小さい」という前提です。分析では、この前提が変わると国家行動も変化することが示されています。具体的には「協調的安全保障活動が活発に行われれば、たとえ相手側同盟のメンバーが拡大しても、こちら側は軍事活動を縮小する」というものです。すなわち、信頼醸成措置がNATO諸国とロシアの間で十分に行われていれば、たとえNATO加盟国が増えようともロシアが軍事行動を思いとどまる可能性はもっと高かったという示唆です。

実際、冷戦終結後のNATO拡大の過程をみると、NATO諸国はロシアの不安を和らげるほどの対話を行わずに「加盟は主権国家の自由な選択である」という冷淡な態度であり続けたことも否定できません。ウクライナ侵攻が起こり、NATO諸国とロシアの関係がここまで悪化すると、両者の間で信頼を積み上げいくことは当面は難しくなってしまいました。しかしこの点は、もう一つの国際安全保障上の懸念である米中関係にも示唆を与えています。アジアにおいては、同じ過ちを返さないことが大切なのではないでしょうか。

参考文献

  • 山本和也(2010)「21世紀の国際安全保障: 集団防衛と協調的安全保障の併存と拡大」『リヴァイアサン』46号、75–95ページ。

付記:本稿の見解は執筆者のものであり、京都産業大学の公式な見解ではありません。

山本 和也 准教授

政策科学(主に国際政治を対象)

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