「良薬は口に苦し」?2022.07.27

グローバリゼーションへの「逆風」

ロシアのウクライナ侵攻、米中覇権争い、食料資源国の保護貿易台頭、食品・資源価格急騰によるスリランカ経済破綻、中国のゼロコロナ都市封鎖、新たな感染症拡大など、グローバリゼーションへの「逆風」は勢力を増すばかりである。異なる規範・価値観を有する国家が様々な面で「対立」「分断」することは、グローバルなヒト・モノ・カネの自由移動を妨げてしまう。卑近な例では、これまで安価に買えた商品が店頭から消え、祇園祭には外国人観光客が見当たらず、町工場の経営者は円安で原材料高に頭を悩ましている。7月21日発表の日本の2022年上半期(1-6月)貿易統計は、過去最大の貿易赤字額(▲7兆9,241億円)となり 1.、国富の海外流出が止まらず、問題である。

「Friend-Shoring」の4原則

そんな情勢下、「Friend-Shoring」という言葉をよく目にするようになった。共通の規範・価値観を有する同志国によってサプライチェーンを再構築し、強靭化していこうという発想である。7月19-20日には米国が音頭を取って「サプライチェーン閣僚会合」が開催され、「Friend-Shoring」を自負する18カ国・地域が参加し、「透明性」「多様性」「安全性」「持続可能性」の4原則に合意した 2.

EUの影響力

筆者は同会合の2つの点に注目した。①参加国の顔ぶれ、②「多様性」の中小企業についての言及である。参加国の1/3はEU加盟国であった(18中6 3.)。EUは、ロシアからのエネルギー依存脱却や、インフレ対策として食料・エネルギー調達先の多角化・安定化を探っている。従って、「Friend-Shoring」による有志連合形成はEUにとって歓迎すべきことであろう。また、マルチな枠組みとは別に、EUは独自の動きも活発化させている。「Friend-Shoring」国とのFTA(自由貿易協定)締結である。インド、オーストラリア、ニュージーランド、メルコスールとの交渉が最近動き出している。以前から交渉はしていたものの、ニュージーランドとは6月30日に交渉妥結に至り、両国間の貿易量は3割増となるとEUは期待している 4.。また、「貿易と持続可能な開発」に関する独立した章を同国とのFTAに設け、基本労働条約や気候変動対策のパリ協定への重大な違反への制裁(関税引き上げ)を可能とする制度を導入するなど、先進的なFTAとした。これからの世界のFTAスタンダード条項になる可能性を秘めている。このように、「Friend-Shoring」の原則は、米国だけではなく、EUもルールセッターとして影響力を有している。EUの通商戦略の動向にも注目すべき所以である。

中小企業のデジタル化は必須

同会合は、「Friend-Shoring」のサプライチェーンを保持するためには「多様性」が重要とし、中小企業がサプライチェーンに貢献する方策としてデジタル化促進が必要とした。「Friend-Shoring」の国内企業の太宗を成すのは中小企業であることから、サプライチェーンの強靭化のためには、中小企業が安定して供給体制を維持できることが重要であり、その一つの解決策はデジタル化である。日本においても、コロナ禍により越境ECなどのデジタル貿易が普及しつつあるものの、中小企業はデジタル対応が不得意という声を聞く。ECプラットフォーマーとの対等な関係構築や、ブロックチェーン技術を使った与信管理などデジタル能力を高めることは有効であろう。

良薬か劇薬か

懸念もある。「Friend-Shoring」は「良薬は口に苦し」で済むだろうか。仲間外れとなった中国がロシアなどの国々と結託して世界のブロック化が進み対立が激化する、対話の場が提供されないことで思わぬ暴発を招いてしまうといった「劇薬」にはなり得ないだろうか。真の「Friend-Shoring」とは、規範や価値観を互いに押し付けるのではなく、互いの違いを「Friend」として認め合い、相互依存の世界を構築していくことではなかろうか。
冒頭に示したグローバリゼーションへの「逆風」が弱まり、「Friend」であるかどうかの証明を求められる世界秩序から早く脱してほしいと願う筆者は理想主義者かもしれない。しかし、良薬も用途を間違えば苦いだけでは済まず、副作用を招くことがある。混沌とした世界秩序にはどんな処方箋が有効なのであろうか。その答えはまだ見えてこない。


  1. 財務省貿易統計 Trade Statistics of Japan
  2. Joint Statement on Cooperation on Global Supply Chains - United States Department of State
  3. EU、フランス、スペイン、ドイツ、イタリア、オランダ(以上がEU加盟国)、オーストラリア、ブラジル、カナダ、コンゴ、インド、インドネシア、日本、メキシコ、韓国、シンガポール、英国、米国
  4. EU – New Zealand Trade Agreement: Unlocking sustainable economic growth

植原 行洋 教授

国際ビジネス、欧州経済・産業、中小企業の海外展開

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