台湾とウクライナ—「烏克蘭」の花 2022.06.09

「ウクライナ」は、台湾では「烏克蘭」と表記される。今年3月の「2022台湾国際ラン展」に、ウクライナ・カラーの「蘭」が展示されて話題を呼んだ。この蘭は、もとは白い蘭を最新のナノテクノロジーを用いて美しい青と黄に染めたものだったのだが、あまりに自然に染められていたため、「新種」と勘違いする人もいたようだ。台湾の蔡英文総統(大統領)は、国際ラン展にさきがけてこの蘭の写真をTwitterに投稿し、「台湾がウクライナを支援し続けることを示す」ためにこの花をオフィスに飾ったと述べている。

ウクライナ危機と「台湾有事」

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、台湾は一貫してウクライナ支持の立場を鮮明にしている。蔡英文総統は、侵攻が報じられるとただちに「台湾はロシアによるウクライナ侵攻を強く非難する」という声明を発表した。ウクライナへの募金活動がさまざまな形で開始され、医療物資や救援物資の送付も行われた。一方のロシアへは、ハイテク製品の輸出を規制するなどの制裁措置をとっている。

他の民主主義諸国も相次いでロシアを非難し、経済制裁を打ち出しているから、台湾の動きもそうした流れの一つと見ることはできる。しかし、他の国々と比較して台湾にとってウクライナ侵攻はよりいっそう重い意味を持つ。それは、「次に軍事侵攻を受けるのは自分たちではないか?」という強い危機意識があるからだ。

台湾とウクライナの共通点

台湾とウクライナは地理的に離れており、ロシアのウクライナ侵攻がただちに台湾の安全保障に深刻な影響を与えるわけではない。それでも台湾の人々に危機意識があるのは、ともに地域的な軍事同盟に参加していないウクライナと台湾には、「大国」による「統一」の圧力にさらされているという共通点があるためである。

ロシアのプーチン大統領は、2021年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的な一体性」と題する論文を発表し、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人は文化的にも民族的にも一体だと主張して「統一」を正当化した。そしてその論理は、ロシアによる軍事侵攻というかたちで現実化した。当然ながら、ウクライナの人々には全く受け入れがたい歴史観であり軍事侵攻である。

一方の台湾も、中華人民共和国による「統一」の圧力にさらされている。台湾では、蔣介石を指導者とする国民党が「国共内戦」に破れ、1949年に台湾島に逃れてきて以降、「中華民国」という国号を継続して用いており、中華人民共和国とは異なる民主主義に基づいた政治体制が敷かれている。しかし、中華人民共和国にとっては、「台湾島」は本来、自国の「台湾省」として存在すべきものである。そのため、習近平国家主席は台湾を名義上のみならず事実上も「統一」することを公言している。

台湾とウクライナの相違点

一方で、台湾とウクライナには相違点もある。最も重要な相違点は、主権を持つ「国家」として認められているかいないかであろう。ウクライナは正式な国家として日本を含め各国と外交関係があるのに対し、台湾と正式な外交関係を持つ国は、2022年6月現在わずか14カ国しかない。世界の200近い国々のほとんどが、台湾を「国家」として認めていないのである。

現在のウクライナに対しては多くの国々からの資金援助、武器の供与がなされているが、「台湾有事」の際に、外交関係のない台湾に同じだけの支援が集まるだろうか。中国の反応をうかがって、二の足を踏む国も多いだろう。台湾の人々は、そうした台湾の地位の不安定さにきわめて敏感である。「台湾民意基金会」が2022年4月に行った調査によると、「もし中国が台湾に軍事侵攻した場合、アメリカ(注:台湾関係法により、アメリカは台湾防衛の選択肢を持つ)が軍を派遣して台湾を防衛してくれると思うか」という問いに対し、「そう思わない」と答えた人は53.8%、「そう思う」と答えた36.3%を大きく上回った。

災害のときですら、台湾への支援は遅れがちである。ロシアとウクライナは地続きであるが、中国と台湾の間には台湾海峡がある。海峡により隔てられている地に侵攻することは地続きの場合より困難を伴うが、「有事」の際の支援においても阻害要因ともなりうるだろう。

将来の「花」のために

蔡英文総統は、青と黄の「烏克蘭」の花についてのツイートで、「自由と民主主義が両国で花開き続けることを願います」と述べていた。しかし、台湾がもしウクライナと同じ状況に陥った場合、誰が台湾のための花を咲かせてくれるのだろうか。アナーキーな国際社会において、世界の大多数の国々と正式な外交関係を持たない特殊な「主体」である台湾の直面する安全保障の問題は極めて難しい。将来の「花」を咲かせるために、台湾は自ら小さな種を蒔き続けていかなくてはならない。台湾によるウクライナ支援もまた、一つの種になりうるだろうか。

須藤 瑞代 准教授

中国近現代史、東アジア国際関係論

PAGE TOP