創造的破壊 2022.02.04

2022年となって1ケ月が経った。コロナ禍は3年目に突入し、未だ先行き不透明な状況に暗澹たる思いの人も多かろう。しかし、歴史を巨視的に見ると、不透明な時代には新しい政治・経済思想やイノベーションが登場することが多いことに気が付く。感染症に絡めるならば、14世紀にペストが欧州で流行した後には、教会の権威は失墜、封建制度も弱体化して時代の趨勢は中央集権制度に向かった。多くの死者により労働市場の需給バランスが変化し、労働者の権利が重視されるようになったとされる。1930年前半の世界恐慌では、欧州でファシズムが進展し、米国でニューディール政策に代表される大きな政府が渇望された。前後の2度の世界大戦では、軍事から派生するイノベーション技術が生まれた(筆者はファシズムや世界大戦を是としているわけではない点に留意いただきたい)。イノベーション理論で知られるJ.シュンペーターが活躍したのも同時期である。シュンペーターは『経済発展の理論』の中で「非連続的な変化が経済発展を達成する」と主張し、「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによって決して鉄道を得ることはできないであろう」という名言を残した。2009年のリーマンショックの頃は、インターネット・スマホ技術の進化もあったであろうが、ウーバー、エアービーアンドビー、インスタグラムなどのスタートアップ企業が創業し、成功している。

そして、現在である。「修正資本主義」「サーキュラーエコノミー」「サステナブル経営」「パーパス経営」「グリーンテクノロジー」「DX」「コロナテック」「フードテック」などの文字が連日紙面を躍らせている。以前から存在したものもあるが、コロナ禍を契機に、既存モデルを一気に破壊し、普及しそうな予感を筆者は持っている。すなわち、先行き不透明な時代においては、市民や産業界が希求する新しい政治・経済思想やイノベーションが出現・定着し、ゲームチェンジが起きる可能性があるということである。

そこで、日本の産業界がコロナ禍の国際ビジネス環境をどのように捉えているか、2021年に公表された調査報告書に依拠して確認してみた。通商白書(経済産業省)、世界貿易投資報告書(ジェトロ)、日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査(同)、海外進出日系企業実態調査(同)、わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告(JBIC)の5つを読み、概要を統合して、UserLocal社の提供するテキストマイニングで分析した(注)。その結果、以下の特徴的なキーワードが浮かび上がってきた(括弧内は筆者の補足)。

  1. サプライチェーン
    (コロナ禍や米中対立に起因するサプライチェーンの脆弱性・コスト上昇の問題、強靭化・脱炭素・人権デューデリジェンス・可視化の必要性)
  2. 貿易
    (自由貿易体制のアップグレード、デジタル化による貿易手続き、輸出意欲の回復、有望市場としての米国浮上)
  3. デジタル化
    (サプライチェーンや貿易が抱える諸問題の打開策ツール、EC活用の進展、デジタル人材の不足、景気刺激策の財源としてのデジタルサービス税)
  4. 安全保障
    (政府の役割拡大に伴う経済安全保障への高い関心、対内直接投資の審査制度の強化、生産拠点多元化の必要性)
  5. 半導体
    (半導体不足、半導体貿易の構成比が東アジアで拡大、日本の半導体製造関連業界にはプラスの面も)

これらのキーワードを眺めていると、急速に進んだグローバル化の歪みに対する修正、特にサプライチェーン強靭化やデジタルによる効率化が現在の国際ビジネスでは求められていることが分かる。実際、ブロックチェーン技術を使った貿易円滑化の新しい試みも出現している。
先のシュンペーターは著書『資本主義・社会主義・民主主義』において、こんな言葉を残している。「資本主義の本分は創造的破壊である」。何十年か経ったときに、現在は新しい政治・経済思想やイノベーションが加速した年であったと言われるであろうか。注目したい。


  • (注1)図の文字の大きさは、UserLocal社のアルゴリズムによって文章中の特徴的な単語(頻出度や高いスコアなど)であることを示す。青は名詞、赤は動詞、緑は形容詞。
  • (注2)調査報告書の内容は、執筆やアンケート調査時期が2020年から2021年にまたがっているため、2~3年単位での視座となる

植原 行洋 教授

国際ビジネス、欧州経済・産業、中小企業の海外展開

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