WFPにノーベル平和賞 2021.01.18

昨年(2020年)、ノーベル平和賞が国連世界食糧計画(WFP)に授与された。WFP(World Food Programme)は食糧支援活動を展開する国連機関で、世界最大の人道支援機関でもある。選考委員会は授賞理由として「国際的な連帯と多国間協調の必要性がかつてないほど求められている」なかで、WFPが「飢餓との闘いに努め、紛争の影響下にある地域で和平のための状況改善に向けて貢献し、戦争や紛争の武器として飢餓が利用されることを防ぐための推進力の役割を果たした」と評価したのである。さらに、新型コロナウイルス禍によって飢餓に苦しむ人々が急増していると指摘し、「ワクチンができる日まで、食糧こそが混沌に立ち向かう最も良いワクチンだ』とのメッセージを発した。

この授賞理由のなかで、特に「国際的な連帯と多国間協調の必要性」という文言が重要だと思われる。今日の世界では自国の利益を優先する風潮が強まり、国際的な団結や連携が軽視されがちだからだ。ノーベル平和賞受賞の有力候補と目されていたWHOの場合も、あまりに中国寄りだとの批判からアメリカのトランプ政権が離脱を表明した。現在、各国で新型コロナに対するワクチンの開発が進められているが、これも「ワクチン開発競争」、さらには「ワクチン争奪戦」へとエスカレートしかねない情勢で、結局置き去りにされるのは飢餓や紛争に苦しむ途上国であろう。

国際政治をみても、中国の著しい勢力拡張をどう抑えるかが中心課題となり、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」構想にしても、実際には「対中封じ込め策」の意味合いが大きいことは周知の事実であろう。世界は対立とブロック化の様相を呈しつつあるように思われる。こうした情勢下では、最も脆弱な地域にしわ寄せが行き、新たな飢餓や貧困を招くという悪循環に陥らざるを得ない。国益を第一とする国家に任せておくかぎり、この悪循環を断ち切ることは難しいだろう。だからこそWFPのような国際機関が重要なのである。

そもそもWFPとはどのような機関なのだろうか。次のWFP公式ウェブサイトをご覧いただきたい。具体的な活動内容を知ることができる。

かいつまんで説明すると、飢餓のない世界を目指して1961年に設立された国連の機関である。本部はイタリアのローマに置かれ、職員の数は約1万7000人だが、その9割は支援対象地域(80ヶ国以上)に赴き、場合によっては命の危険にさらされながら活動している。日本人職員も46名いるそうである。活動資金は各国からの任意拠出金や、民間企業、社会団体、個人などによる寄付によって賄われ、2019年には約80億ドル(8470億円ほど)の資金を集めた由だ。近年は内戦が続くシリアやイエメン、また、ミャンマーで難民化した少数民族ロヒンギャなどへの食糧支援活動が行われている。

WFPは独自に5600台のトラック、30隻の船、100機近い飛行機を保有し、食糧にとどまらず、医療機器や医療従事者の輸送なども行っているとのことで、新型コロナ禍により各国の輸送がストップしているあいだも、自らの運搬手段で必要物資の補給を続けてきた。国際輸送の「プロ集団」として、緊急事態時にも頼りになる存在なのである。

このような活動をみれば、たしかにノーベル平和賞に価する活躍だといえる。この受賞によってWFPがますます注目されることを望むが、かならずしも楽観はできないのが現実だ。WFPによれば、世界では9人に1人にあたる8億人以上が飢餓に苦しんでおり、紛争の増大によりその数は増える一方である。2015年以来内戦が続いているイエメンだけでも、人口2900万人のうち約1000万人が飢餓の危機にさらされているという。先にも述べたように、WFPは80ヶ国以上で、約1億人に食糧を供給しているが、パンデミックの影響もあって、この支援対象国だけでも2億6500万人が食糧不足に陥る見込みだ。このままでは焼け石に水ということになりかねない。WFPがいくら頑張っても、自ずと限界はある。飢餓を招いている根本原因に対処しないかぎり光明は見出せないだろう。

根本原因とは第一に地域紛争。それに地球環境の変動も食糧危機の一因になっている。さらに新型コロナウイルスの感染拡大が拍車をかけたように思われる。それゆえ国際的な取り込みが不可欠である。自国優先の国家だけに任せて解決できる問題ではないのだ。WFPなど様々な国際機関、APEC、ASEAN、EUといった国際地域機構、さらには市民社会組織や多国籍企業などの「脱国家的主体」の連携がますます重要性を増している。スタンリー・ホフマンという国際政治学者が『国境を越える義務(Duties beyond Borders)』と題する著書を書いているが(1985年に三省堂から邦訳が出された)、われわれ個々人もまた「国境を越える義務」がありはしないか。そんなことを考えている。

河原地 英武 教授

ロシア政治、安全保障問題、国際関係論

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