スペインサッカーとスペイン語 2023.07.25

スペイン人は外国語が苦手?

スペインのコルドバでタクシーに乗った時のこと。スペイン語が話せる東洋人が珍しかったのか、運転手の男性は外国人相手の接客が面倒であることを話し始めた。運転手の男性はまったく英語ができない。

「英語ができたらもっとうまく対応できますよね」
私が尋ねると、「なんでオレが英語を話さなければいけないんだ!スペインに来たのだから、彼らがスペイン語を話すべきだ!」

これはたぶんこのタクシー運転手だけの話ではないだろう。スペインに旅行で行ったことのある多く人はスペイン人の英語のできなさに困惑するはずだ。

EU統計局(Eurostat)の2019年の英語の能力に関する調査によるとスペイン人の英語の能力はEUの中でも下位に属すると報告している(33か国中25位)。そもそも45%の人が英語だけでなく外国語は話せないと回答している(Eurostat 2016)。

一部の地域を除き、スペインでは学校教育はすべてスペイン語で行われ、スペイン語以外の言語を話したり聞いたりする機会がほとんどない。日常生活で外国語を話す必要性がまったくないのだ。日本人が英語ができない理由の一つもほぼこれと同じかもしれない。
しかし、スペイン語は、語彙や文法などは日本語に比べればはるかに英語に近い。スペイン人が、日本語を母語とする日本人に比べて学びやすいはずの英語をしっかり学ぼうとしないのは、自分たちが5億人をこえる話者を持つスペイン語圏の中心であるというある種のおごり(怠慢?)もあるのかもしれない。

スペイン語ができないと活躍できない

そこでサッカーである。
スペインのサッカーはレアル・マドリードやFCバルセロナなど、世界的強豪チームがあり、多くの外国人選手が世界的なリーグでの活躍を求めてやってくる。日本人選手も、当時日本代表であった城彰二氏が2000年に当時スペイン1部リーグであったバジャドリードに移籍。これが日本人初のスペインリーグ挑戦であったが、15試合出場で2得点と、輝かしい成績を残すまでには至らなかった。その後、多くの日本を代表する選手たちがスペインのチームに所属したが、これまで(2023年現在)スペインで活躍できた選手は残念ながらほとんどいない。

日本人選手がスペインで活躍できない理由は選手によりさまざまではあるが、ほぼ全員に共通しているのがスペイン語の問題である。過去の日本人選手に関する現地の新聞記事などを読むと、退団の理由の多くが「言語と文化の不適合」となっており、故障や家族の問題などよりはるかに多い。城彰二氏も自身のYouTube番組でスペインでのスペイン語の問題について触れており、スペインで活躍するための要素の一つとして語学習得の重要性について述べている。

スペイン語は日本人にとって発音面での問題はあまりないのだが、動詞が主語によって変化したり、名詞が男性名詞、女性名詞に別れ、形容詞もそれに合わせて男性形、女性形に変化したりするので習得にはそれなりに時間がかかる。一方で、ポルトガル人、ブラジル人、イタリア人、フランス人などはスペイン人と同じラテン語に起源をもつ言語群(ロマンス諸語)の話者であるので、日本人に比べて習得が非常に早くスペイン語でのコミュニケーションはあまり大きな問題にならない。スペイン人からすれば「どうして日本人は語学ができないんだ?」、ということになる。

イギリス人も

スペイン語の問題はなにも日本人だけの問題ではない。語学習得を苦手とするイギリス人なども同じような苦労をする。ほぼ世界語となっている英語を母語とするイギリス人は当然ではあるが外国語を学ぶ意欲が低い。外国に行ってもほぼ英語で対応できるし、時間をかけて外国語を学ぶ必要性を感じていない。そんなイギリス人がスペインにやって来るとどうなるか?

このスペイン語問題でメディアを騒がせたのがデイビット・ベッカム氏である。2003年から2007まで約4年間レアル・マドリードでプレーし、リーグ優勝などに貢献した。そもそもスペインリーグで活躍したイギリス人はあまり多くないのだが、ベッカム氏はレアル・マドリードで155試合も出場し過去最も活躍したイギリス人である。もちろんイングランド代表選手としてもW杯などに出場している。

そんな素晴らしい選手であれば言語の問題など通訳に任せておけばいいではないか、と思われるかもしれない。しかし、スペインではスペイン語ができないと同僚やサポーター、チームスタッフからも歓迎されることはない。ベッカム選手はジャーナリストやファンなどからスペイン語でのインタビューを再三求められたのだが、4年間もスペインにいて結局スペイン語をモノにすることはできなかった。スペインではイギリス人の英語訛りのスペイン語を馬鹿にする風潮もあり、公の場でのスペイン語でのインタビューをためらっていたのもあるのだが、スペインを去る際の記者会見でも彼のスペイン語は芳しくなかった。

日本やアメリカの外国人選手たち

こうした「スペイン語の強要」は日本人から見たら少し奇妙に感じるかもしれない。日本にやってきた助人外国人には通訳をつけ、選手や監督、コーチとのコミュニケーションだけでなく日常生活までサポートするのが一般的だ。これはサッカーに限らずプロ野球でも同じである。何年も日本に住んでいるのに日本語ができないことをとがめるような風潮は日本のプロスポーツの世界ではあまり見られない。サッカーの日本代表の監督にもなったジーコ氏に対して、長年日本に住んでいるからといって彼に日本語を強要するような意見は見られない(日本の国技である相撲については、宮崎里司著『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』SMART GATE Inc.を参照)。

話は少し逸れるが、アメリカのメジャーリーグ(MLB)についても触れておく。実際、過去に何度も日本人の英語は問題なっている。最近ではシアトル・マリナーズのケビン・マザーCEOが、マリナーズでプレーした岩隈久志氏やラテンアメリカ出身の選手について、「酷い英語だった」と発言。岩隈選手に対して「彼の通訳への給料支払いにはうんざりしていた」と語っていたことが分かり、辞任にまで追い込まれた(『日刊サイゾー』 2021/02/27)。2021年にも大谷翔平選手に対してスポーツ専門チャンネルESPNのコメンテーター、スティーブ・A・スミス氏がナンバーワンである大谷選手が英語を話さないのは好ましくないとの発言をし、同7月12日にTwitterで謝罪コメントを掲載している。

MLBでは外国人選手に通訳をつけることが認められており、英語の問題で外国人選手のパフォーマンスに支障が出ないよう配慮がされている。つまり、外国人選手は通訳をつける権利があり、その権利を奪うような発言は批判の対象となる。もちろん、このような発言は多くのアメリカ人が抱く感情であり、国技であるベースボールとなれば無理からぬことであろう。

サッカー選手でも語学は大切

スペインでもはじめ数か月は通訳をつけることは許容されるが、移籍後半年、または最低でも1年で簡単なスペイン語でのコミュケーションやインタビューくらいは必ず求められる。同僚とスペイン語でコミュニケーションをとれなければ、練習や試合でパスが回ってくることはなく、ロッカールールやベンチで孤立することになる。多くの日本人選手はスペイン語を習得できずチーム内で孤立してしまい、監督やコーチから適切な評価を得ることができなくなる。結果、出場機会が減り、本来の実力を十分に発揮することなくスペインを去ることになってしまう。

最近は久保建英選手のように幼少期にスペインに渡り、スペイン語の問題がまったくない選手も増えてきている。実際、彼は多くのスペイン人の友人が各チームにいて、動画などで彼らと談笑している様子を見ると、これまでの日本人選手にはないたくましさを感じることができる(日本よりもリラックスしているように見えるのは私だけだろうか)。 スペインでサッカー選手として活躍するには言語の習得を避けて通ることはできない。大変かもしれないが、サッカーだけでなく言語を学ぶ姿勢もサッカー選手には求められるのである。

下田 幸男 教授
外国語学部 ヨーロッパ言語学科 スペイン語専攻

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