「回転分子モータータンパク質」の回転機構の全容をクライオ電子顕微鏡を用いて解明

2022.03.24

京都産業大学生命科学部 横山謙教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡を用いて撮影(スナップショット)し、回転分子モータータンパク質である V/A-ATPaseが回転する仕組みを解明しました。この研究で用いられたクライオ電子顕微鏡によるスナップショット撮影は、今後他のタンパク質の仕組みの解明や、創薬にも応用でき、新しいタンパク質研究の領域を開拓するだけでなく、新たな感染症に対処する強力な手法にもなります。
 

リリース日:2022-3-24
 

概要

「ATP合成酵素」は回転することで働く「回転分子モータータンパク質(rotary ATPase)」で、生命のエネルギー通貨である ATPの生産や、イオンの輸送を通して生命を支える重要な膜タンパク質です。ATP合成酵素は主にミトコンドリア内膜上にあります。10ナノメートル(100万分の10ミリメートル)の大きさしかありませんが、回転軸を1秒間に100〜500回転させることで効率よくATPを合成しています。この回転分子モータータンパク質の働きにより、私たちの体の中では、自分の体重と同じ重さの ATPが毎日作られているのです。
本研究グループ(代表:横山謙京都産業大学生命科学部教授)は、この回転分子モータータンパク質のひとつ V/A-ATPaseをクライオ電子顕微鏡 を用いて撮影(スナップショット)し、その膨大な画像データを深層学習(AI)を用いて分析しつなぎ合わせることで、V/A-ATPaseがATPを燃料として回転する仕組みを再現することに成功しました。この研究により、私たちは、回転分子モータータンパク質という自然が作り出した驚異的な分子機械の機構を、より正確・詳細に知ることができるようになりました。
今回の研究成果は、これまで提唱されてきた、回転分子モータータンパク質の回転機構モデルを書き換えることにもなるでしょう。また、クライオ電子顕微鏡を用いた撮影手技も含め、今回の研
究で編み出された手法は他のタンパク質の仕組みの解明にも応用可能であり、新しいタンパク質研究の世界を切り開く先駆けともなるでしょう。

背景

バクテリアから人間まで、全ての生命の活動には共通のエネルギー通貨ATP(アデノシン三リン酸)が使われています。「ATP合成酵素」は、食物などから得られたエネルギーを用いてATPを作り出す膜タンパク質で、F型、V型(V/A-ATPase)などいくつかの型に分類されます。私たちの体にあるATP合成酵素は、自分の体重と同じかそれ以上のATPを毎日作り出しており、体の中で最も働き者のタンパク質であると言えます。
V/A-ATPaseは、「V1」と「V0」からなります。V1はさらに、「ATPを分解する部位(触媒部位)を3つ持つ中空のシリンダー構造」と、「中心の軸」からなります。中心軸が回転するとATPが作り出されます。ATPを加水分解して逆方向に回転すると、膜に埋まったVo部分でプロトン(H+)を輸送します(図1)。このようにATPの合成と加水分解は可逆反応であり、ATPの分解反応を知ることは、ATPの合成機構を知ることになります。そのため、多くの研究者がATPによる回転機構の解明に取り組んできました。特に「1分子観察」「結晶構造解析」と呼ばれる手法は、この回転機構のかなりの部分を明らかにしてきたのですが、動的な機構の全容解明には至っていませんでした。

研究成果

図1左:V/A-ATPase の構造を横から見たもの。ATPが V1部分で分解されてADP+Piになると中心回転軸が回転し、Vo部分でプロトン(H+)が輸送される。右:上から見た断面図。点線で囲った範囲を反映。
今回、横山謙教授、中西温子研究員、中野敦樹(修士2年)、佐伯詩織(修士2年)(以上京都産業大学)、岸川淳一助教(大阪大学蛋白質研究所)らのグループは、最近目覚ましい技術的発展をとげているクライオ電子顕微鏡を用いて、回転分子モータータンパク質である V/A-ATPaseが回転しているときの様子を撮影(スナップショット)する研究を実施しました。
従来の撮影方法では、回転が止まっている状態でしかタンパク質の形を見ることはできませんでした。今回の研究では、様々な回転段階にあるタンパク質を「動いているとき」の状態で急速凍結し、V/A-ATPase のスナップショットを多数撮影できました。そうした回転運動のコマ撮りであるスナップショットを数万枚単位で撮影しました。これを深層学習(AI)を取り入れたプログラムで分析・分類し、これらをつなぎ合わせることで、ATPの加水分解エネルギーにより軸が回転する動的な仕組み非常に正確に説明することができるようになりました。

そして、本研究の結果、今までの回転機構モデルを書き換える、新しい概念のモデルが導き出されました(図2)。
回転分子モータータンパク質の回転の駆動力の源泉について、これまでのモデルは、「ATPの結合が軸タンパク質を回転させる直接の駆動力になっている(binding zipperモデル)」としてきました。これに対し、私たちは今回の研究で、次のようなプロセスが同時に起こることで軸タンパク質が回転することを明らかにしました。

①結合したATPによって〈開〉から〈凖閉〉へ自発的に構造が変化する。
②ATPが結合した〈凖閉〉状態で、ATPが加水分解されてADP+Piとなると、構造が〈閉〉へと変化する(このとき、ATPが結合した〈凖閉〉と、分解された状態にあるADP+Piが結合した〈閉〉との間には自由エネルギー差があり、自発過程になる。①と②の自発過程が軸の120°回転の推進力となる)。
③軸の回転により〈閉〉が〈開〉になることでADP+Piが放出される。

このように、3つの触媒部位で、ATP加水分解の反応過程が別々かつ同時に起こり、それぞれの反応が軸タンパク質の回転と厳密に協同しています(図2)。
今回の研究成果により、「2つの触媒部位間でのATP加水分解反応の自由エネルギー差が、軸タンパク質の回転を推進する。」ことが明らかになりました。このように精緻で巧妙な仕組みでATP合成酵素が機能し、軸の回転によりATPが効率良く作りだされる自然の仕組みは、大変な驚異でもあります。

図2.「ATP結合待ち構造」の触媒部位(空)にATPが結合すると「ATP結合後構造」になる。そして①〜③の進行と軸の120˚回転が協同することで、1分子のATPが分解され、「ATP結合待ち構造」に戻る。これが繰り返されることで軸が回転する。(黄色のPはリン酸)
  1. 結合したATPによって〈開〉から〈凖閉〉へ構造が変化する。この時、軸が回転する。
  2. ATPが結合した〈凖閉〉状態で、ATPが加水分解されてADP+Piとなると、構造が〈閉〉へと変化する(このとき、ATPが結合した〈凖閉〉と、分解された状態にあるADP+Piが結合した〈閉〉との間には自由エネルギー差があり、自発過程になる。この自発過程も軸の120°回転の推進力となる)。
  3. 軸の回転により非自発過程である〈閉〉から〈開〉への構造変化が起こり、ADP+Piが放出される。

クライオ電子顕微鏡を用いた新たな研究手法

従来の「結晶構造解析」は、静止状態での構造を見ることしかできず、中間体構造がどのような形をとるのかがはっきりとはわかりませんでした。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いることで、動作中の構造を捉えることに成功しました。これによって、従来の結晶構造解析では得られなかった中間体構造を多数得ることができ、さらにこれらの構造を考察することで、従来は分からなかった分子モーターの回転機構を明らかにすることができました。この研究では、1条件あたり数万枚の電顕画像から億単位のタンパク質画像を抽出し、AIを用いた画像解析の結果、33個の動作中の中間体構造、さらに18の原子モデルを得ることができました。

今後の展開

今回の研究で、V1部分において、どのように ATPが効率良く生産されるのか、という疑問に答えることができました。一方、膜内在部分 Vo での水素イオンの流れによる回転機構は明らかになっていませんが、同じくクライオ電顕によるスナップショット撮影の手法を用いて解明することが次の課題です。ATPの加水分解やイオンの流れを回転運動に変える分子機械は、まさに自然が作り出した驚異の造形物であり、現在の私たちの知識や技術では到底真似することはできません。その動作原理の解明は、生命の根源を支えるミクロな世界での営みを知ることになり、その知識の蓄積は生命の本質を理解することに繋がります。
参考図:今回の研究で決定された V/A-ATPase の構造。33 種類の構造から 18の原子モデルを構築した。それぞれの構造を解釈することで、図2の回転機構モデルに至る。

用語・事項の解説

1 V/A-ATPase

真核生物の V-ATPase の祖先型 ATPase で、古細菌(Archea)や細菌に存在することから 細菌型 V-ATPase もしくは V/A-ATPase と呼ばれる。V-ATPaseは細胞にある小胞の酸性化を通して、タンパク質の分解や免疫反応、栄養代謝などを支えているプロトンポンプタンパク質。

2 自発過程

エネルギーが大きな状態と小さな状態間で行き来できる場合、外界にエネルギーを放出してエネルギーの小さな状態に自然と進行すること。ATPが加水分解するとエネルギーを外界に放出するので、自発過程になる。

3 クライオ電子顕微鏡

凍結した試料を観察する電子顕微鏡のこと。凍結したタンパク質試料を電子により見ることができる。場合によってはタンパク質をつくる原子一つ一つを直接見ることも可能。

論文情報

タイトル 「Structural snapshots of V/A-ATPase reveal the rotary catalytic mechanism of rotary ATPases」
(V/A-ATPase の構造スナップショットにより回転ATPaseの回転触媒機構を解明)
掲載誌 英国科学雑誌「Nature Communications」(オンライン版)
掲載日 2022年3月8日(火)19:00(日本時間)
著者 岸川淳一1、中西温子1、中野敦樹1、佐伯詩織、古田綾、加藤貴之、光岡薫、横山謙2
(1筆頭著者、2責任著者、)
DOI doi: 10.1038/s41467-022-28832-5

謝辞

本研究は、科学研究費補助金(基盤研究(B))20H03231、20K06514、武田特定研究(武田財団)、京都産業大学 タンパク質動態研究所、感染分子研究センター、AMEDの創薬・生命科学研究支援プラットフォーム事業(BINDS)(助成番号1312)、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」の支援により行われました。
お問い合わせ先
内容について:京都産業大学生命科学部 横山 謙 教授
〒603‐8555 京都市北区上賀茂本山
E-Mail: yokoken@cc.kyoto-su.ac.jp

取材について:京都産業大学 広報部
Tel.075-705-1411
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