加茂臨時祭図巻(詞書)
(臨 時 祭)
賀茂のりむじのまつりは
(始)
宇多の御門のおほん時よりはじめ
(神 事)
行れ侍りしより、年ごとのかんわざとや。
つがの木のいやつぎゝゝに絶えざりしが、
ゆくりなく吹きすさぶ風に、四方の海波
(静) (乱)
しづかならず。荊蒋のみだれたる世の
(騒)
さわぎに、いそのかみふるの中道中絶
にけるを、かけまくもあやにかしこき
(一八一四) (絶)
御世の文化十あまり一年、たえたる
(継) (廃)
をつぎ、すたれたるを興させ給ひて、
玉匣ふたゝび昔にかへし行なはせ
給ひ、御代の始のためしとて、使は
公卿の人、四位、五位、六位、陪従、加陪従
所作陪従、人長など、其数、昔に同じ
(削)
からず。事そぎ給へるは、万の事、はな
(過)
やかなるにすぎやすければ、始には
(素直) (在)
すなほなる祭、いますがごときの徳有
(旨)
をむねとし給へる、いともかしこきおほん
政なるべし。かかるめでたきかんわざを
しづたまきのくりかへし、昔を今にみるも
聖の御世のおほんうつくしみの、大八
(証)
洲の外までも及びぬるしるしと、尊きも
(嬉)
いやしきもめでかしこみつゝ、うれしきこと
(写)
のますかゞみと、このかんわざを絵にもうつし
書にも水茎の跡をのこして、あづま
(果)
つくしの道のはてまでも、花の都の
(雅) (仰)(慕)
みやびごとを見ばやと、あふぎしたふ武士
も、弓矢はとらず、筆をとり遊ぶ、ゆたけき
(御代)
みよのためしを、正木のかつら末長く
後の世までもつたへざらめやは。いにしへは
試楽、調楽、御馬御覧の儀など、行な
はれ侍れど、此度は畧せられしなり。
當日の朝、舞人陪従の装束、使に賜ふ。
(昨日) (給)
御衣などは、きのふ夕にたまはりぬ。まづ
御装束を奉仕す。清涼殿の孫庇
南より第三の間に、小筵半帖をしきて
御座とす。北にむかふ。御はしらの北のはしにあ
(薦)(敷) (上)
たり、庭中に葉こもをしき、そのうへに
(塗) (幣物)
黒ぬりの案二脚をたてゝ、みてぐら三
(捧) (南) (円座) (枚)
ささげを置。其みなみにわらふた二ひらを
(敷) (並)(宮主)
しきて、使ならびにみやじの座とす。
(贖 物)
宸儀、出御{黄櫨染御袍}の後、御あがものを供す。
(麻) (返)
宮主、大ぬさを奉る。かへし玉ふのち、庭中の
座につく。使、同じく着。次に舞人、御馬
(畢)
三疋を引立。御楔のことをはりぬれ、
(祝詞) (退)
宮主、のとを申すことはてゝ、宮主まかづ。
(曳出) (贖)
舞人、御馬をひきいだし、御あが物を
(捧)
撤す。使、座をたちて御幣をささぐ。
宸儀、両段再拝し玉ふ。此間、南廊にて
(音) (終)
陪従、物のねをあぐ。御楔の儀をはりて、
(着)
諸卿うへの時につく。大臣、使をめして
宣命を給ふ。其後、庭座の儀行なはる。
(垣下)(着)
又出御{青色御袍}あり。諸卿ゑがの座につ
(重) (盃)
く。五献の勧盃の儀はてゝ、かさねかはら
けを玉ふ。次使{藤花}、舞人{桜花}、陪従{山吹花}
(押頭花)
にかざしを給ふ。其作法はてゝ、人長に
弓場の辺にて、内蔵官人をしてかざしを
(主殿)
玉ふ{山吹花}。庭中の座、饌を撤して、とものり
(掃) (敷)
玉はゝきを持て、庭上をはらひしきま
ふけおはり。又出御{猶青色の御袍をめす}。公卿
清涼殿の東の檻の座につく。舞
御覧の儀あり。使、歌人、呉竹の臺の
辺にすゝみ。歌笛をあぐ。所衆、御琴を
(舁) (進) (舞)
かきて前行す。舞人すゝみ出てまふ。まづ
駿河舞。おはりて竹臺の東のほとりに
(片 脱)
しそぎ、右のかたぬぎ、又すゝみ出て求子を
(元)(如)
舞、おはりて、もとのごとく紐をさし、大比禮
(間)(退)
の歌のあひだにまかづ。陪徒は、かたかへし
ながら退立なり。内裡の儀はてゝ、御幣
(先立) (使)
物をさきだて、内蔵官人、舞人、つかひ
陪人、人長まで、宜陽建春門代を
(出)
(詣)
いでゝ、社頭にまうづ。舞人は、陽明門
(櫛 筍)
代の置道の中程、くしげの小路にな
(乗)
ぞらへて馬、にのり、使陪従は、門の外に
(渡)
てのり、次第にわたる。退出の公卿、各
(連)
車をやりつらねて、物見せらる。
(絵巻部分)
(詣)
先、下の社にまうづ。南の鳥居の外にて、使
(降) (入)
以下、馬よりおりて鳥居をいる。まづ、先拂、
(幣 物) (従)
次にみてぐら官人したがふ。御琴、御馬
舞人、使陪従、人長すゝみ行。御幣の
(唐櫃) (据)
からひつは、舞殿の北の庭にすゆ。次に
(外)
舞人南門のとに御馬を引列ね、次に
(解) (洗)
使、南門を入て、太刀をとき、手をあらひて
(昇) (詠)
舞殿にのぼる、宣命をよむ。これより先に
(幣 物)
内蔵の官人みてぐらを中門の左右の案
(捧)
の上に置。此間、祢=Aみてぐらをさゝげて
(返 祝 詞)
神殿に奉る。次に祝、かへりのとを申す。
(着)
神禄を玉ふ。次に使、下殿、太刀をつく。
次に舞人、御馬を引、陪従一二の歌を
(歌)
うたふ。次に舞人、舞殿にすゝみ、駿河舞、
(舞) (退)
求子、まひおはりて、使已下まかず。舞人
(外) (到) (向)
南の鳥居のとの馬場にいたり、北にむ
(馳) (果)
かひて御馬をはす。ことはてゝ、使以下
(社) (如)
上社にまゐる。其作法、下のやしろのごとし。
(解) (有様)
但、使、太刀をとかず。御社のありさま、橋
(往時)
殿にて舞人の立舞けしきなむぞ、いにし
(違)
への年中行事のゑにつゆたはねば、
(映) (翻)
庭火の河水にうつり、山藍の紬をひるがへ
(響)
し、哥笛の音の神山にひびきて、万代ふ
とも色かえぬ松が枝に、宮人の影のうつれる
さまなんと、いともかうがうしげなり。二の鳥居と
(間) (馳)
一の鳥居とのあひだにてぐ、舞人、御馬をはす。
事はてゝ、駒をはやめ、いそぎ大内に帰
(参)
まゐりぬ。
(絵巻部分)
(還) (外)
使以下、大内にかへりけり。月花門のとにて
(音)
物のねを発す。次に神宴の御装束を
(舗)
奉仕して、本末の座をしき、庭火を供
(後)
するのち、出御{御直衣}あり。公卿以下、座
(着) (召) (着)
につく。次使以下、めしによ(依)りて座につく。
笛{本} 篳篥{末} 和琴{本} 一歌{本} 二歌{末}
(分) (申す)
次第にわかれ居て、人長のまうしに従
(務) (韓)
ひて、神楽をつとむ。次にから神を
(歌) (舞) (才)
うたふ時、人長まふ。次に人長さいの
(男)(召) (前張)
をのこをめす。次にさいばり、次に
(朝倉) (其駒) (時) (舞)
あさくら、次にそのこまのとき、人長まふ。
但し勧盃、禄などは、今はことそぎ玉ふ
(祭) (装)
り。かゝるめでたきまつりのよそほひを
(御阿礼)
ゆたけき御世にみあれのの時
(葵) (双)
に、あふひのふた葉草、かけまくもかし
(嬉)
こき神山の神もうれしみまして
(護) (給)
萬代までもまもらひたまはせめ
やも。
(絵巻部分)
従四位下飛騨守多朝臣忠同冩 印 印
右詞撰弁書
(一八二四)
文政七年十月一日
右権中将藤隆道