マネジメント研究科 マネジメント専攻 涌田 龍治 教授

リピート購買と収益性

リピート購買と収益性

消費者行動とマーケティングの結節点

私の研究テーマは、リピート購買と収益性の関係です。リピート購買という消費者行動が、収益性というマーケティングの帰結にどのように結びついているのかに注目しています。
一般に、顧客がリピート購買してくれるほど、当該企業は収益性を向上させると考えられています。しかし、生命保険やクレジットカードを扱う企業の中には、他企業よりも顧客が契約を長く継続してくれるにもかかわらず、収益性の低い企業もあります。これはなぜなのでしょうか。
実は、リピート購買は、市場シェアの大きい企業ほど大きく偏って観測されることが古くから知られています。市場シェアの大きい企業と取引する顧客は、同じ財やサービスを扱っているシェアの小さな企業を知らないために、仕方なくシェアの大きい企業と取引するからです。このような偏った観測の影響を除いて分析すると、上述の収益性の低い企業は、シェアが大きいがためにリピート購買も偏って高く観測されており、本来の値は他企業よりも低いと明らかになりました。
これによって完結するはずだったこの研究テーマは、しかし、さらなる難問を突き付けました。生命保険やクレジットカードと同様に、会員制度で顧客を管理するプロスポーツやオーケストラでは、偏った観測の影響を除いてもなお、リピート購買が収益性に大きな影響を与えていないのです。いったい、なぜでしょうか。現在の私の関心はここにあります。

好きなことを研究する苦しみ

そもそも私は、大学3年生あたりからスポーツ・マーケティングなるものに関心を寄せていました。多くの子供たちにとって(かつての子供だった私にとっても)身近なスポーツを、身体ではなく頭を使って大学で深く勉強したいと思っていたからです。しかし大学3年生の私にとって、スポーツ・マーケティングなるものは身近なスポーツを題材にしてマーケティングを勉強できるといった程度の理解でした。
そうした理解のまま、スポーツ・マーケティングなるものを研究したいと大学院に入学すると、多くの先生方から「なぜ君はそれを研究したいのか」と何度も何度も訊ねられることになりました。当時の私は、先生方のその問いの意味がよくわからず、「好きだからです」と答えては先生方に苦笑いされていました。好きなことを研究してはいけないのだろうか。この疑問は、大学院生の私にとって、そして今の私にとっても、非常に大きなインパクトを持っていました。
この疑問がわずかながらに解消に向かうきっかけは、消費者行動論を専門とする先生のサブゼミ(副演習)に参加したことでした。サブゼミでは、消費者行動論やマーケティングのテキストや論文(もちろん英語で分量も多かったです)をひたすら読みました。一方、ゼミ(主演習)では、スポーツ・マーケティングのテキストや論文をひたすら読みました。そうすると、サブゼミで読んだテキストや論文で示されている理論や知見が、ゼミで読んだテキストや論文では、単に追認されているらしいということに気づき始めました。
たとえば、スポーツのスタジアムで看板を掲出するスポンサーシップという広告手法では、観客の多くに気づかれる看板とそうでない看板が生じます。そうした差が発生する理由のひとつは、看板のもつイメージにあると考えられています。しかし、観客の認知の差がイメージの差によるとするロジックは、スポンサーシップに注目するまでもなく、ブランド研究で明らかにされていた知見だったのです。消費者の多くが気づく(認知する)ブランドは、そのブランドのもつイメージが他のブランドよりも、強く、好ましく、ユニークだと消費者に評価されている、とブランド研究は明らかにしています。 「なぜ君はそれを研究したいのか」——先生方が何度も何度も訊ねた問いの意味のかけらは、スポーツを持ち出すまでして、マーケティングのいったい何を研究したいのか、ということだったのかもしれません。しかし問いの意味が分かったからと言って、その問いそのものに簡単に答えられるわけではありませんでした。大学院を終え、就職し、そして今でも、この問いに対する答えを私は探しています。

基礎から応用へ、そして基礎へ

インタビュー風景
基礎となっている理論をこれまであまり扱われてこなかった対象に応用すると、うまく説明できず、そこから新しい理論が生まれて、それが基礎となっていくというプロセスは、これまでの消費者行動論でも見られます。
消費者行動論では一般に、消費者は製品をいくつかの属性に分解してそれらを評価し、製品同士を比較していると想定しています(これは多属性態度モデルと呼ばれています)。確かに私たちは、洋服やかばんを買おうとするときに、色やデザインや価格といった要素ごとに評価することで製品同士を比較しあってベストなものを買おうとすることが多いでしょう。この理論を使うと、冷蔵庫や洗濯機のような製品がどのように普及していったのかを説明することができました。
ところが、この理論ではうまく説明できない対象がありました。それがビデオデッキです。ビデオデッキの購入者の多くは、ビデオデッキ自体の色やデザインや価格といった要素を評価せず、どれほど多くのビデオが見られるのかで製品同士を評価していました。当時のビデオにはVTR方式とベータ方式という2つの方式があり、デッキも両方の方式に対応するものがなかったからです。そのため当時の消費者は、ビデオデッキをいくつかの属性に分解してそれらを評価して比較するといったことはせず、より多くの人に売れているデッキ(その方が多くのビデオを見ることができるので)を選ぶことになったのです。消費者間相互作用(の中でもネットワーク外部性)と呼ばれるこの理論は、現在の消費者行動論のテキストの多くで紹介されています。この理論の変遷は、基礎から応用を経て基礎となっていくプロセスのひとつと言えるかもしれません。
さて、冒頭で示したように、生命保険やクレジットカードと同じように会員制度をもつプロスポーツやオーケストラでは、偏った観測の影響を除いてもなお、リピート購買が収益性に大きな影響を与えていないのはなぜなのでしょうか。この問いに答える意義のひとつは、これまでのマーケティング研究で当たり前に思われてきたことを再考することなのかもしれません。これまでのマーケティング研究で頻繁に対象とされてきた生命保険やクレジットカードのような金融サービスでは、マーケティングの基礎理論でうまく説明できるのに、これまであまり対象とされてこなかったプロスポーツやオーケストラのようなエンターテイメント・サービスに基礎理論を応用すると、うまく説明できない。それは、たまたまかもしれないし、これまでのマーケティング理論あるいは消費者行動論が、ある一定の範囲内でしか応用できない理論なのかもしれません。もし後者ならば、私が紹介した問いを考えることは、エンターテイメント・サービスにとって有益なばかりでなく、マーケティング研究や消費者行動論にとっても有益になるのではないかと思っています。
ここまで読んでくださった皆様と一緒に考えていければ幸いです。
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